「いや、君の顔がケモノに見えて――」
     
   「果実の中の龍」(「きつねのはなし」所収)森見登美彦 新潮文庫

 かつて青森県の大地主だった家に生まれた先輩は、大学三回生のときには、まる半年休学して、シルクロードを旅していたという。骨董を買い漁る外国人、読書家の菓子屋、とにかくとんでもない兄の存在など、先輩をめぐる人々も生き生きとして風変わりだ。「私」は、そんな先輩と引き比べて、自分はなんとつまらぬ人間なのだと思うのだが……
 短編集。
 しかも、森見の怪談(?)である。やや趣の異なるものもあるが、この中のいくつかに共通しているのは、ケモノだ。どこか人に似た顔をし、長い胴体をずるずる引きずって走る。ケモノが人に似ているのか、人がケモノに似ているのか。物語の中には、何度か、ふとした折に、顔がケモノに見える、というような表現をされる登場人物が現れる。なぜケモノに見えてしまうのか。ケモノとは一体何か。
 「夜は短し歩けよ乙女」「有頂天家族」などで楽しい異空間だった京都、「四畳半神話」や「【新釈】走れメロス」 「恋文の技術」などで登場した常識はずれで風変わりな大学生たち。彼らがホラー空間に放り込まれると……これがまた、けっこう怖い。
 妄想なのか、現実なのか。その境目の曖昧さが、恐怖を醸し出すのかもしれない。物語によって登場人物の設定が微妙にずれていくのも(登場人物とその属性がずれていく)、恐怖の要因のひとつか。
 明るい話ばかりでなく、たまにはこういう話もいい。



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