「それで、あの子とは何か進展あったの?」
「着実に外堀は埋めている」
「外堀埋め過ぎだろ? いつまで埋める気だ。林檎の木を植えて、小屋でも建てて住むつもりか?」
          
   「夜は短し歩けよ乙女」 森見登美彦 角川書店

 京都のとある大学キャンパスで、「私」は、ひよこ豆のように愛らしいクラブの後輩に恋をした。が、物語は「私」の話ではなく、彼女の話である。
 クラブの先輩がせっせせっせと外堀を埋めるべく努力していることなど知らず、「私(これは女の子の方)」は酒精に誘われ、単身、魅惑の大人世界へと乗り込むべくふわふわと先斗町界隈をさまよい歩き、不思議な人々と出会い、古本市でさまざまな本と古本の神さまに出会い、学園祭では純情な男女の恋にわずかにふれる体験をする。「私(クラブの先輩)」はそのたびに、彼女の後を追いかけようとしては失敗し、彼女のために絵本を手に入れるべく虚しい闘いに身を投じては、むくわれない結果に甘んじる。けれど外堀は着実に埋まり、彼らの距離も少しずつ……近づいていっていたのである(たぶん)。
 不思議な味わいのキャンパス小説。
 いざとなれば「おともだちパンチ」を用いることをためらわず、好奇心たっぷりに「むんと胸を張」って街に繰り出していく乙女の無邪気さ、愛らしさ。名前さえおぼえていてもらえない状況に頭を抱えつつも、ひたむきに彼女を見守り、なんとかして近づこうとがんばる先輩のけなげさ。それぞれの視点で交互に語られる異人、変人たちの魅力的な姿。現代和風ファンタジー、とでもいおうか。天狗の樋口さんや謎の李白老など、いったいどう考えたらいいのかわからないほど不思議な人々がいて、それがまたとっても魅惑的。
 彼女いわくの「不思議でオモチロイ一年」を、ぜひ味わっていただきたい。

(いやでもまあ、これだけ未成年者の飲酒が厳しくいわれている時代ですから、キャンパス一回生の少女が飲みまくるのはちょっと問題なくもない……)



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