新天地を求めて能登にやってきて以来、俺を心のよりどころとする迷える子羊たちからの手紙が連日舞い込み、俺は文通相手に事欠かない文通長者となった。返事を書くのに忙殺されて実験もままならぬ状況である。
               
 「恋文の技術」森見登美彦 ポプラ社

 教授によって京都の大学から、遠く能登の実験所に飛ばされた大学院生、守田一郎。実験はうまくいかず、毎日おのれの無知を罵倒される日々。そんな彼が心のよりどころにしたのは、遠く京都にいる友人、知人に手紙を書くことだった。マシマロみたいな友人、小松崎には恋の相談にのっているうちに恋が成就してしまい嫉妬にかられ、最強の先輩、大塚緋沙子姐さんにはいいように翻弄され、元の家庭教師先の少年からの無邪気な鋭い質問をはぐらかし、新しい家庭教師マリ先生への恋についての相談にのる……
 物語は、一方的な守田の手紙(返信)から成り立っているが、守田の友人、知人もまた互いに知り合い同士なので、いくつかの手紙を読むうちに、彼らの日常が立体的に浮かび上がってくることになっている。
 彼はせっせと手紙を書き送りつつも、秘めた恋心を抱く伊吹さんにだけは手紙が書けずにいるのだが、ようやく里帰りした京都でのとある出来事&大塚姐さんとのバトルの結果、伊吹嬢に恋文を書かねばならない仕儀に陥る。偏屈作家森見登美彦のアドバイスは頼りにならず、妄念、妄想をつらねた恋文を送るわけにもいかず……さあ、どうする。
 メール全盛の時代だからこそ、書簡小説というスタイルが新鮮である。小松崎や森見に宛てたときの文体と、家庭教師先の少年には先生ぶり、妹には兄さん風を吹かし、大塚姐さんには媚びへつらうあたり、書き分けていて楽しい。
 手紙かあ……そういえばめっきり減ってしまったなあ、と、ちょっぴり反省。




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