「ぼくだけでなく、ほかにも何百万という人びとが死んだはずだ。兄さんが殺したんだよ。兄さんはみんなの希望を、みんなの夢を、みんなの未来を殺したんだ」
                
「フラッシュフォワード」ロバート・J・ソウヤー(内田昌之訳) 早川書房

 2009年4月21日火曜日。ヨーロッパ素粒子研究所(CERN)にある大型ハドロン衝突型加速器の実験が行なわれた。物質とエネルギーは交換可能なのか。素粒子を充分な速度で衝突させ、その衝突エネルギーが未知の素粒子に変換されることを祈っての実験だった。しかし、その実験が引き起こしたのは、世界規模の大惨事。全世界の人々の意識が、およそ2分間、21年後の未来に飛んでしまったのだ。そのあいだに「現在」での意識が失われたため、飛行機は墜落し、車が衝突し、手術中の患者は死亡した。CERNの科学者ロイドとテオは、これが自分たちの実験のせいなのか、他にも要因があるのかを探る。しかし一方で、「未来」を垣間見た人々の間にも動揺が広がっていた。人々は21年後のアメリカ大統領を、中国の姿を、経済状況を、一瞬のうちに知ってしまったからだ。個人的な問題もあった。いまの婚約者とは違う女性と結婚していたロイド。未来を見ることのなかったテオ。しかもテオは、「あなたの死亡記事を見た」という人々と接触する。21年後、どうやら自分は射殺されるらしいのだ。未来を変えることはできるのか? それとも、未来とは定められた時間軸の一点に過ぎないのか。
 21年後の未来を見た、といっても、自由意志があるわけではない。寝ていた人は起きられないし、未来の自分を見たいと思っても、その自分が鏡を見てくれないと、自分の顔はわからない。新聞の読みたい部分は飛ばされてしまうし、テレビのチャンネルも選べない。しかもたった2分間。だが、たった2分間、されど2分間。その2分間のあいだに、幸福な将来を見て満足したものもいれば、その2分間のあいだに、現在の自分を否定されてしまったものもいる。作家を夢見ていたテオの弟は、21年後の自分がレストランのウェイターであったことを知り、絶望してしまうのだ。
 贅沢なネタ満載は、相変わらずのソウヤー。面白い。中でもやはり一番の読みどころは、自分の死因や犯人を突きとめようとして、テオがあれこれ動きまわるところ。担当刑事に会いに行っても、現時点ではたった7歳の男の子で何の役にも立たなかったり。犯人より先にあなたを殺そうとしていたみたいです、なんて人が現れてしまったり。未来は変えられるのか変えられないのか。最後までどきどきはらはら。しかも読み進めていくと、「ターミナル・エクスペリメント」につながるような脳スキャンの話が出てきたり、「スタープレックス」に通じるような不死人の話が出てきたりと、ああ、これは! と手を打って大喜びできるネタもある。オススメ。
 ……しかし、いくつかソウヤーを読んで思いましたが、この人って、基本的にはバカSF(褒め言葉。わたしの中では大絶賛に近い。ベイリーの「時間衝突」とかね)系統の人なのかもしれない、と思い始めました。未来に意識がぶっ飛んでいく、ってのはともかく、これ、実は(ネタばれになるかもしれないが)「ところてん」方式になっていて、ぶっ飛んだ意識を受け取った側の意識もさらに未来に追いやられ……想像しただけで爆笑しちゃいました、わたし。すごいです。天才的なアイデアです。



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