「容疑者にされたのか?」
「たぶんな」
「だが、殺してはいないんだろう?」
「ああ、少なくともこのヴァージョンのわたしは」
「このヴァ――ああ、なんてこった」

       「ターミナル・エクスペリメント」ロバート・J・ソウヤー(内田昌之訳)早川書房


 物語は2011年12月、死にかけたサンドラ・ファイロ刑事の病室に、ピーター・ホブスンが押しかけてくるところから始まる。一連の殺人事件を終結させるために。そして、サンドラは、ピーターの記憶を辿り始める。
 1995年、生物医学工学の大学院生だったピーターは、臓器移植のための解剖中、ドナーがあえぎ声のようなものあげるのを耳にした。心電図も動いている。これを正常だといえるのか? ……脳死は、本当に死だといえるのだろうか。ドナーは、頭の怪我で死んだのか。本当は、あの解剖によって殺されたのではないか? その疑問と恐怖が、ピーターをスーパー脳波計の開発へと導いた。そして16年後、死にかけている老女の脳波を測定したピーターは、そこに「魂」としか呼ぶことのできない電気フィールドを発見した。牛や馬には存在しないが、人には存在するもの――魂だった。それは「魂波(ソウルウェーブ)」と呼ばれるようになる。死とは、魂波が身体を離れた瞬間のことをいうのである。そしてまた、胎児に魂波が宿ったとき、はじめて人は人になるのだ。
 魂波計の発明で一躍有名人になったピーターには、死後の生に関する質問も多く寄せられた。その問いに答えるため、ピーターは友人のサカールとともに、彼自身の脳をスキャンし、彼の精神の複製をコンピュータ内に3つ作る。ひとつは基準となり、手を加えないもの。ひとつは死後の生をシミュレートし、もうひとつは不死をシミュレートしたもの。 
 一方、順調だった夫婦生活には、思いもかけない妻の不貞で亀裂が生じていた。どうしても妻を許すことができないピーター。憎しみは妻の相手であるハンスにも、カウンセリングで明らかになったように、妻をここまで追いつめた義父にも向けられた。だが、ハンスに続いて、義理の父のロッドが殺されたとき、それが自分のシミュレーションのうちどれかの仕業ということを確信したピーターは恐怖にかられる。果たして犯人はいったい誰なのか。複製たちはネットワーク内に生息範囲を広げ、もはやピーターにもサカールにも手出しできないほどに力を増していた。殺人はこれからも続いてしまうのか。これをとめる手立ては?
 前半の魂の発見や、死後の世界の存在について、などという部分だけでもかなりおもしろい。コニー・ウィリスの「航路」を読んだ人には、ぜひ読んでもらいたいと強くオススメ。中盤以降の、ピーターの複製(シム)たちが出てきてからも、これまたおもしろい。なにせシミュレーションされてるのは「不死」と「死後の生」である。基準となるピーターはピーター自身と変わらないが、その二人(?)のシムはどんどんピーター自身と掛け離れた存在になっていく。そしてまた、これだけのSFネタをつっこんでおいて、軸になっているのは夫婦生活の危機。このあたりも、うまいとしかいいようがない。でもって、殺人事件。終盤、プロローグと結びついたときになって、「ああ、この話って……」ピーターの夫婦の危機や脳死や魂の存在や死後の生とかじゃなくって、殺人事件の解決の話なんだったっけ! と改めて思ってしまうほど。それだけ、贅沢なネタ満載の本である。
 あんまりおもしろすぎてうまくオススメできていないが(どうしてこう、好きな本ほどオススメが下手になってしまうんだろう)、オススメです。
 ネビュラ賞受賞。
 なお、解説で瀬名秀明が
「SFファンはもちろんだが、日本ではむしろ、現代的なミステリー小説、例えば井上夢人や京極夏彦、あるいは森博嗣あたりを好んで読む人の嗜好にぴったり合うのではないかと感じている」
 と書いている。
 そうかな? そうかも? とにかく読んでください。ってか、こんなおもしろい本、読まなきゃ損ですってば。
 


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