まだ僕が生きている、死ななかったという事実は、千織という存在と切り離しては成立しなかったのかもしれない。そう思わざるを得ないということもわかっている。だがいくらそう考え、自分自身に言い聞かせることを繰り返しても、彼女がそもそもの始まりだったことを忘れることはできない。
            
 「四日間の奇跡」 浅倉卓弥 宝島社文庫

 将来を期待された若きピアニスト如月敬輔は、七年前、強盗にあった日本人の親子を助けようとして左手の薬指を失い、同時にピアニストとしての夢も断たれた。そのとき彼が助けた幼い命、脳に障害を持った少女、千織がピアノに関して天才的な才能を見せたのは、天恵だったのか、皮肉なのか。ともあれ、現在の敬輔は千織を連れ、老人ホーム等の施設に慰問に出かける日々を送っていた。対人関係にストレスを感じる千織が、少しでも人に褒められることで、他人に慣れるように。千織が少しでも、自分のことを誇れるように。だが、敬輔のそんな思いが伝わっているのか伝わっていないのか、千織に目に見えるような変化はなかった。
 そしてある日訪れた山奥の診療所で、敬輔は思いがけない人と再会し、信じられない千織の変化を見る。自分がいままでやっていたことはなんだったのかと思わせるような、千織の目覚しい変化。それは岩村真理子という明るい女性の存在のせいなのか、この病院そのものの持つ力なのか。そして、事件が起きる。
 第一回「このミステリーがすごい!」大賞、大賞金賞受賞作、なんだそうで。どこがミステリーなのかはいまいちよくわからないんですが、まあそういうこというと「このミス」って意外に「蒼穹の昴」とかもそうだから、あまり深くは突っ込まないとして。ネタバレになるのでいわないけど、某作品と同じような展開を見せる。ただし、この小説では倉野という医師がその現象について別の解釈を述べる。そして、その解釈を納得させるような伏線が随所にあるために、最後までなにが真実なのかはわからない、けれどそれでもいいんじゃないか……と思わせるつくりになっている。
 好みはかなりわかれると思う。切々とした話が嫌いな人はやめたほうがいいだろう。ただし、それぞれに傷を負った人々が支えながら生きていく姿は美しい。ミステリーとしてでもファンタジーとしてでもなく、人が生きていく話として物語を読む人にはオススメである。



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