わかっていたことなんだ、と彼は思った。
 別に誰かに答えを教えてもらうまでもない。自分がどうするべきかなんてことは、何年も前から知っていたんだ―――。
                
 「秘密」 東野圭吾 文藝春秋

 小学校六年生の娘を愛し、妻を愛する平凡な日常に突然起こった悲劇。妻と娘のふたりが乗ったスキーバスが事故に遭い、娘をかばった妻は死亡。頭を強く打った娘も植物人間になる運命しかないといわれてしまうのだ。愛するものをふたり失う悲しみに沈む主人公平介。しかし、奇跡的に娘の藻奈美は目を覚ました。妻、直子の意識を持って。
 娘の身体によみがえった妻。けれどそれはふたりを得たことになるのか、それとも、ふたりとも失ったことになるのか。肉体的に愛しあえないことの苦しみは、娘の身体の成長とともに強まってゆく。そしてまた、彼女はいう。
「あたしはあなたの奥さんだったことに満足してた」でも、「結局あたしの幸せにしたって、すべてあなた任せだったのよ」と。
 そんな生活を惨めだと思ったこともある、という彼女が計画的に勉強に身を打ち込む姿を眺めながら、複雑な心境にならざるを得ない平介の困惑。美しく伸びやかに成長してゆく彼女の生活が気になって醜悪な行為にまで手を染めてしまうつらさ。
 書きようによっては明るくコメディタッチにもなろう話だが、これは違う。娘の身体によみがえった妻という大きな大きな秘密の他に、夫が、妻が、互いに持つ哀しい秘密も描かれ、ラストには大きな感動がある。ひとを愛することの切なさを教えてくれる一冊だ。




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