彼女はうろたえ、悲しんでいた。その身体はいってみれば「どうして、あたしは仲間に入れないの? どうして、かれらといっしょに(かぎ、味わい、さわり、きき、見)感じられないの?」というようなことをしゃべっていた。
               
「残像」 ジョン・ヴァーリイ  ハヤカワ文庫

 主人公がたどりついたコミューンには、目も見えず耳も聞こえず口もきけない人々が寄り集まって暮らしていた。そのコミューンをつくったのは、三重苦の女性でなければ、ひょっとしたら大統領にもなれたかもしれないひとりの少女。彼女には才気があり、夢想家で独創的で、進取の気性があった。自由を夢み、それを実現したのだ。そして彼女が創りあげたそのコミューンで、人々は互いがもっとも暮らしやすい環境ですごせるためのルールにのっとり、穏やかに暮らしている。ハンド・トーク、ボディ・トーク。彼らが使うことばは、ひとによっては「愛しあう」と表現したらいいようなものだ。彼らは、一般人とは違うルールの中で生きている。ふれあわなければ思いが伝わらないのだから、同性愛などというタブーもない。
 そんな生活の中、主人公は、三重苦の親から生まれた健常者の子どもたちでさえ理解できない「***」を親たちがしていることに気づく。週に一度、親だけが草原に出てしている「***」。
 短編集である。この中には、ちょっとしたミスでコンピュータに取り込まれてしまった男の「汝コンピューターの夢」なんていうおもしろい話もあるし、「ピクニック・オン・ニアサイド(「バービーはなぜ殺される」)」のフォックスのその後も楽しめるし、極限状態で、けれどさすがヴァーリイ、あっけらかんとサバイバルする人々の「火星の王たちの館にて」などなど、他にも楽しめる話はたくさんあるのだが…やはり、表題作の「残像」だろう、と思う。
 障害者とSFを描いた話はいくつかあると思われるが、これはその中でも秀逸。申し訳ないがうまく説明できないので、自分で読んでくれ、としかいえないのが情けないが本音である。
 とはいえ……実はこれが長期品切れの時代、実に豊かにこの話を語ってくれた先輩がいた(誰だったかはおぼえていない)。ちょうど合宿中だったのだが、「いやー、残念だなあ、あんな本がいまは手に入らないなんて」と、こちらを悔しがらせるようなことをいい、「どうせ読めないんだから最後まで語ってやろう」と語ってくれたのだ。そしてもちろん、話をきいてしまえばますます読みたくなるのは必定で、古本屋を駆けずり回って探したものだ。……が、いまこうして読み返してみると、あの人がどういう語りをしてくれたんだったか、実に「うまい」話し手だったんだなあと思われてならない。だって「***」をどう表現するのか、わたしだったら……***。



オススメ本リストへ