「ぼくは爆弾だ」と爆弾は通行人に声をかけた。「あと四時間と五分十七秒で爆発するぞ。ぼくにはTNT換算で五万英国トンの爆発力があるんだ」
       
 「バガテル」(「バービーはなぜ殺される」)ジョン・ヴァーリイ(浅倉久志他訳) 創元推理文庫

 まず、この文章の異様さに目をひかれることと思う。爆弾が、しゃべるのだ。「ぼくには五十キロトンの威力がある」といくぶん誇らしげに語る爆弾がいるのはルナ・シティの第四十五レベル、レイ通り、プロスペリティ広場から遊歩道を百メートルばかり下った、花とギフトの店バガテルのすぐ側。ヴァーリイの描き出す未来は風変わりかもしれないけれど、どこかしっくりくるような気もするふしぎな世界だ。日常の中にごくあたりまえのように性転換があり、痛んだ胃を取り替え、中には身体のすべてを爆弾に変えてしまうものもいる。<八世界>シリーズと呼ばれる作品には他に「ブルーシャンペン」や「残像」の一部などがあるのだが、この中で共通して出てくるアンナ・ルイーゼ・バッハ初登場がこの「バガテル」。アンナは月の自治警察の署長で(別の話ではまだ下っぱの刑事だったりするのもおもしろい)、爆弾騒ぎをおさめるために苦心するが、もちろん……爆弾が口をきくような世界で、そう簡単にことは進まない。表題の「バービーはなぜ殺される」では、バービー人形にたとえられる、同じ身長、同じ顔、同じ声、同じ記憶(!)を持つ宗教の中で起きた殺人事件に巻き込まれる。一人称がなく、「わたしたち」として語るバービーは、自首をしてきたところでなんの役にも立たない。「この手は凶器を握りませんでした。でも、わたしたちの手は握ったのです。同じことじゃありませんか?」という彼らの中から、バッハはどうやって殺人犯を見つけていくのか……
 ミステリ―としても楽しめるし、ヴァーリイのよさがじゅうぶんに堪能できるという意味でもおすすめ。ちなみに、もともとSFは好きだったけれど、本格的にSFにはまったのは、この一冊からといっても過言ではない。わたしにとっては、それだけ重要な意味を持つ本なのだ。



オススメ本リストへ