「ミスタ・ホーンブロワーは、スピッドヘッドで船酔った(よっぱらった)士官候補生として有名です」
          
 「海軍士官候補生:海の男ホーンブロワー」セシル・スコットフォレスター(高橋泰邦訳) 早川書房

 フランス革命に宣戦布告した英国海軍の士官候補生として戦列艦に乗り込んだ17歳のホレイショ・ホーンブロワーは、はにかみ屋で船酔いにかかりやすく、先任士官候補生からいじめられ、死をも考えるほどに苦しみぬく。だが、ついに横暴な先任士官候補生との決闘事件ののち、理解ある艦長のはからいによってフリゲート艦に転属となったホーンブロワーは、そこでようやく自分の実力を発揮する機会を得る。
 ホーンブロワーシリーズのおもしろさは、なんといってもホーンブロワーの人物設定にある。船酔いにかかりやすく(これは提督になっても変わらない)、イギリス国家がわからぬほどに音痴で(真顔でこの曲は何だとか訊いてしまう)、しょっちゅう自己分析しては落ち込み、外面を気にするあまりに感情を表に出すことが不得意で、おしゃべりなくせに無口を装い……細かいことをあげるとキリがないが、中年になってきて中年太りを気にしている割には、水兵にホースで水をかけさせて水浴びをする習慣がやめられなかったり、金がなくて貧しい身なりをしていることを気にし始めるととまらなかったり……いっけんすると無愛想で気難しそうな男なのだろうが、実は人間味あふれる個性豊かな男なのである。そういうわけで、実は本人はそんなことをまるで思っていないのだが、女性にももてもて。だが、彼自身は若気の至りから下宿屋の娘として結婚してしまっていて、ホーンブロワーが出世街道を驀進するにつれて、あか抜けない妻のみっともなさが目立ってきてしまう。もちろん、妻の心を傷つけないように、言葉にも行動にも気をつけているのだが、一方でそんな自分に嫌気を感じているあたりが、なんとも人間くさい。この、妻マリアに対する愛憎相半ばするホーンブロワーの心理が、このシリーズにおける前半のひとつの面白さであると思う。……が、半ばからはまたちょっと違う様相を示すが、ネタばれになるのでやめておこう。
 トマス・キッドと親友のレンジほどではないが、ホーンブロワーにもブッシュという理解ある副長がつく。ホーンブロワーの癖をよく飲み込んで、いっけん気まぐれとも思えるわがままにもよくつきあってくれるし、ホーンブロワーの足りないところを補う、いい男なのである。やはりホーンブロワーとブッシュの活躍が見どころの一つか。
 勇敢で有能ではあるが、自分の手柄をあまりおおげさに言いたてず、謙譲を美徳としているホーンブロワーは、イギリスにおいては実在の人物以上に好まれているキャラクターなのだという。たしかに、日本版だと1、2巻あたりの若き日のホーンブロワーでは魅力がいまいち伝わらないが、「砲艦ホットスパー」あたりからは、もう魅力全開、読みだしたらやめられません。トマス・キッドとは違って、こちらは完結しているので、安心して読めます。オススメ。




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