「知らなかったな。こんな姿になれるなんて。ずっと、ただの風呂敷だと思っていたのに」
               
  「つくも神」 伊藤遊 ポプラ社

 小学校五年生のほのかのマンションで、火事があった。幸いゴミ置き場が少し燃えただけだったけれど、口うるさい井上さんは、どうやらほのかのお兄ちゃんを疑っている様子。たしかに、中学生になってからのお兄ちゃんは、帰りも遅いし、タバコも吸っている。でも、お兄ちゃんではないことは、ほのかにはわかるのに、それを井上さんにも、お母さんにも、わかってもらえないのが、ほのかにはもどかしい。
 しかも、放火の翌日から、どうやらほのかにだけ、不思議なものが見えるようになってしまったのだ。怖い顔をした置物(ショウキ)や、暗闇の中でなれなれしく話しかけてくるネツケ、小さな老人の姿をしたキセル、ことばをしゃべる鳥、フロシキ。彼らはいったい誰なのか、何なのか。隣に住むおばあさんと土蔵に秘密があることを知ったほのかは、なんとかして、おばあさんと話をしようとこころみるが……
 女の子が不思議な存在と出会って少しずつ力を得て変わってゆく話。といっても、突然スーパーガールになってしまうわけではない。
 仕事で不在がちなお父さん、反抗期の子どもをもてあまし悩んでいるお母さん、ほのかには理解できない存在になりつつあるお兄ちゃん、タレントの話にばかり夢中になっているクラスメイト。家族とわかりあいたい、違和感を感じる仲間からは離れて自分の心にすなおになりたいと思っていた少女が、ほんのちょっぴり変わる話。劇的な変化があるわけではないけれど、最後に見えてきた明るい光に、ほっとする。
 伊藤遊って、現代ものも書いていたんですね。『鬼の橋』のように強烈な話を現代でやってくれると、もっともっといいのになあ……



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