不自由のない日々の中にあって、おれはなんの手触りを感じているだろう。知識と認識を積み重ね、言葉で議論をしたところで、じゃあお前はなにを見たのか、なにを触ったのかと訊かれればそれまでだ。 
           
   「さよなら妖精」米澤穂信 東京創元社

 物語は1992年7月6日。「おれ」守屋と、友人の白河が喫茶店でさまざまな資料や日記、記憶を元に、六カ国の中から1つの国を探し出そうとしている作業から始まる。守屋、白河、太刀洗、文原。4人の高校生のもとにある日突然現れ、そして去っていった少女、マーヤが住む国を探すために。ふたりは、守屋の日記で記憶をたどってゆく。
 1991年4月の、マーヤが現れた雨の日から。ユーゴスラヴィヤからやってきたその少女は、達者な日本語を操り、すべてのものに興味を示し、そんな彼女とともに過ごすことで、守屋たち3人もまた、新たな視点を得ることができた。特にそれまで何事にも深い興味を示すことのなかった守屋は、マーヤと関わったことで、ある一つの決意を抱いていく。
 ミステリ・フロンティアというシリーズものに収められているので、ミステリといえばミステリなのだが、どこがミステリかといえば、外国人から見た日本、とか。それが実は、日本人からみても謎だった、とかいうのもあるのだが、ちょっとした日常の中の謎解きである。かといって、「黒と茶の幻想」のように贅沢にふんだんに謎が出てくるわけではないので、これがミステリのメインとは考えにくい。やはり、最大の謎は、「マーヤがどこから来たのか」であろうか。ユーゴスラヴィヤが連邦であること、1992年という時代が、彼らが焦燥を持ってマーヤの国を特定する動機となっている。
 とはいえ、あえてもうひとつ挙げるとするならば、「ひと」だろうか。こいつはこういう人間だと思いこみ、その思い込みにしたがって、相手の台詞や仕草を解釈してしまう。だが、本当は? 相手のことをどれだけ理解できているというのだろう。いつだって、最大の謎は、すぐ傍にいる友人の中にある。そういう意味では、最後にどんでん返しのある作品。しかも、実はマーヤって……? という、深読みの謎まで残す。はらはらどきどきのミステリ好きにはすすめないが、高校生たちのちょっと背伸びしたやりとりを楽しみたい向きにはオススメ。



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