ダクテは僧になりたかった。だが、北京がそれを許さなかった。ソモは教師になりたかった。だが、北京がそれを許さなかった。ふたりは出会い、恋に落ちた。だが、ふたりは結ばれなかった。この世では、北京がそれを許さなかったから。
            
  「霊峰の血」 エリオット・パティスン(三川基好訳) 早川書房

 ふたたびチベットへと戻ってきた単は、秘密抵抗組織プルバの男に、山奥にあるヤプチ村に神の目("石の目")を安置してほしいと依頼される。ところが、ゲンドゥンやローケシュたちが単のためにした「旅の支度」とは、数か月がかりで砂で曼陀羅を描くことだった。しかし、その絵が完成する直前、思いもかけない来訪者によって曼陀羅は壊され、血で汚されてしまう。彼らの旅が無事に終わることなどないという暗示なのか。それでも旅立つ単とローケシュだが、そこに待っていたのは秘密の儀式を大切にする人々と、そのような人々を一掃しようとする中国側との激しい対立だった。石油掘削という利権も絡み、物語は中国側の内部対立をも明らかにしてゆく。
 「頭蓋骨のマントラ」 「シルクローードの鬼神」に続く三作目。
 たしかに今回もしょっぱなから殺人事件が起きるのだが、三作中でも特に、単の内面世界の成長や充実ぶりといったものに重点がおかれている。人は生きているあいだにも生まれ変わることができるのか、といった問いかけが、複数の人々のあいだで繰り返されることにも注目したい。捜査官だった単が収容所の中でラマ僧たちに出会い変わっていったように、さまざまな人々がさまざまなことをきっかけに変わってゆく。
 今回は泣きました。人々の希望の大きさや、変わりたくても変われない姿や、純真無垢な者の死といったもので。
 三作中ではこの話がいちばんオススメだが、これを読むためには第一作目と二作目を読まなければならない・・・…ので、とりあえず「ぜんぶ読んで」というススメ方しかできないのが難点か。でも、オススメです。
 前2作品を読んでいるあいだ、「これってばった切りすると『ファザコン捜査官の活躍!』だな」とかひそかに思っていた自分を反省しました……



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