男の目に浮かんでいた怒りの表情が、絶望の色に変わった。「誰かが来るという話だった」ささやくように、男は言った。「誰かが来て、救ってくれると」
「それが単の仕事だよ」ローケシュが当たり前のように言った。「人を救うのがね」

          「シルクロードの鬼神」 エリオット・パティスン(三川基好訳) 早川書房

 前作で強制労働収容所から非公式に出所(扱いとしては逃亡犯)となった元中国経済部主任監察官の単は、チベット山中の仏僧たちの隠遁所に身を寄せていた。そこには収容所時代からの友人、ローケシュもいたが、ある日、単は師匠であるラマ僧のゲンドゥンから北へ行ってもらいたいという依頼を受ける。ある女教師が殺され、僧ひとりが行方不明になったというのだ。自分がなにをすべきなのかわからぬままにゲンドゥン、ローケシュとともに北へむかった単だが、そこでは殺された女教師の教え子のうち、少年だけが次々に殺されるという事件が起きていた。単の知らない何かを知っているらしいゲンドゥンとローケシュだが、単にはそれを理解することはできない。この悲劇をとめることはできるのか。
 「頭蓋骨のマントラ」続編。
 今回はなんとタクラマカン砂漠にまで広がり、スケールのでかい話となっている。ロシア人、アメリカ人といった人々が、どのようにチベット人、アメリカ人とかかわっているということが描かれているのは、もしかすると作者自身が投影されているのかとも思う。おそらく作者も、チベット人のことをある部分ではとてもよく理解できても、ある部分では決して理解できない。花や蝶を追い、自然と語る人々の言葉を単がつかみ切れないように。
 前回よりも殺人事件が表に出てきてはいるように見えなくもないが、話全体としては、単がどのようにチベットやチベット人を理解していくのか、自分自身を理解していくのかといった点に重きがおかれているように思う。
 ……それにしても、裏表紙の梗概を読んだだけで「収容所で親友になった男」を軍曹だと期待してしまったわたしは……間違っているんでしょうか。「マントラ」読んでるかぎりでは、まさかローケシュとは思わないって。ねえ?



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