島を去る鳥たちの行き先の風景を想像し、母親のいる島と、父親のいる島のことを想像する。世界の九十九パーセントは想像するしかないものばかり。
           
  「南の子供が夜いくところ」 恒川光太郎 角川書店

 十歳の夏、タカシは両親と離れて、トロンバス島というところで暮らすことになった。一家心中ぎりぎりまで追い詰められた家族は、見知らぬユナという若い女の助言に従って、南の島でばらばらに生きることを選択したのだ。若い女の姿をしながら、百二十歳だというユナは、不思議な力を操る魔術師として、島民からおそれられ、敬われていた。タカシは、ユナによって預けられた教授の家で暮らし始めるが……
 連作短編集。といっても、タカシのそれからの日々が語られるかと思えば、そうではない。物語はユナがもっともっと幼いころの物語や、トロンバス島と同じような南の島で暮らす人々の暮らしを描いた物語などが続いていて、その中では、タカシは単なる脇役にすぎない(タカシが登場しない話ももちろんある)。
 「夜市」などで、純和風の世界を描き出した恒川光太郎描くところの、南国世界。焼けた砂浜、夜の底に響く海の音、深い紺色の夜。島には島に住む者にしかわからないこと、島に住む者にとっても不思議なことがたくさんある。目に見えるものだけがすべてではない。世界は、自分でもどうにもならない不条理なできごとによって歪められることもあれば、人が人ではないものに変身することを許すことだってあるのだ。
 宮ノ川顕の「化身」を思わせるような極彩色の世界。恒川光太郎の新境地。



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