この子なら、自分が誤ったところでもきっとうまくやれるだろう。きっとこの子たちがいつか丘の上に輝く都市を築いてくれるだろう。
           
「ロンドン」エドワード・ラザファード(鈴木主税・桜井緑美子訳) 集英社

 物語はのちにロンドンとなる場所の100万年ほど前の姿を描くところから始まるが、上下2冊の長きにわたって登場する人々の祖となるべき人物が登場するのは紀元前54年のことである。紀元前54年から1997年までのロンドン。都市の成長につれて移りゆく言葉、習慣、人々。ケルト、サクソン、デーン、ユダヤ、ノルマンの家族がさまざまな歴史の転換点に登場しては消えていく。ユリウス・カエサルの侵攻、セント・ポールズ教会の建築、ペストの蔓延、エリザベス女王の治世、シェイクスピア、ロンドン大空襲。主だったところを挙げただけでも、これだけのことが書かれている。これはまさに歴史そのものである。
 「ニューヨーク」を読んだときには、都市そのものの変化よりも、登場人物たちの成長ぶりやうつろいといったもののほうが中心だと感じたのだが、「ロンドン」は違う。もちろん中心となるダケット、ドゲット一族だけでなく、バーニクル、フレミング、カーペンターといった一族の描かれ方も丹念でとても面白いのだが、伝わってくるのはなにより「ロンドン」そのものがもつ魅力であるような気もする。登場する人々は他の土地でなく、ロンドンにいたからこそ、彼らなりの魅力を発揮するのだ。
 それにしても、2000年を描くというのはすごいことである。同じ血を引く者たちの中に漁師、奴隷、武具職人、市参事会員、娼婦、伯爵、ゴミ掃除人、メイド、博士、と多様な人々が生まれてくる。複数の家族が出てくるため、互いに裏切りや憎しみ、信頼や愛情といった複雑な感情の交差もあり、それもまたいきいきと描かれていて、決して表面だけのことではない。
 同じ島国でありながら、日本とはまるで違うロンドン。その姿に圧倒されながら読み進めると、主人公のひとりがこんなことを口にする。
「本当の意味でじつに特徴的なのは、中世から考えてもロンドンはつねに多くの外国人を抱える町だったことだ。さらに、そうした人々があっという間にこの町に同化したことだ。歴史の言葉で言えば、ロンドンはニューヨークと同じように人種の坩堝なのだよ」
「私は自分が移民の出身だと知っていたが、じつは誰もがそうだったんだ」

 そうか、日本とはぜんぜん違うんだ。と、改めて実感させられる。
 2段組、上巻535ページ、下巻558ページ。長さには圧倒されるが、読み始めれば長さは苦にならない。すすめてくださったみちるさまに感謝の一冊。



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