エルノラは詫びや言い訳はいっさいしなかった。ただ、自分の手にかなう物を与えるだけだった。
           
 「リンバロストの乙女」上巻 ジーン・ポーター(村岡花子訳) 角川文庫

 豊かで美しく危険をはらんだ森、リンバロスト。少女エルノラは、沼で亡くした夫を恋い慕うあまりに娘を憎む母親とともに暮らしている。夫を助けようとした、まさにそのときに生まれ出でようとした娘によって救いの手を差し伸べることが出来なかったということが、母親をいまも苦しめているからだ。しかし、苦しみの中にも学ぶ心と自然を愛する心を育て、エルノラは母の反対を押し切って学校へと進学する。しかしそこに待っていたのは、貧弱な更紗の服、みじめな小さい帽子とリボン、大きなどた靴の少女を嘲笑うかのように美しいリボンとレースで囲まれた少女たちの群れだった。くすくす背後で笑う声に頬をほてらせながらも、エルノラは頭を高く上げ、勉学に没頭する。母親に出してもらえない授業料は、沼で得た蛾や蝶の標本を売ることでまかない、ときに隣家のウェスレイ夫妻に慰められながら、エルノラは自分の道をしっかりと歩んでいく。
 「そばかすの少年」よりもしばらく後の話。エルノラは小学生だったころ、リンバロストで働くそばかすを見たことがあり、彼がリンバロストを離れたときに、既読者ならご存知の「大伽藍」と標本箱を譲り受け、彼女もまた自分なりに蛾や蝶や植物を集めて研究している、ということになっている。しかし、なんといってもこれは母と娘の物語。愛しい夫を失った痛手から立ち直れず、娘を愛する気もちがないわけではないのに、どうしても憎んでしまう母もまた哀しい存在だ。そんな母親を愛する娘も、もちろん。愛されたいと願い、愛したいと願いながら、揺れ動く母親の感情に振りまわされ、一喜一憂せずにはいられない少女の姿が痛々しい。
 それにしても。
 更紗の服にどた靴のエルノラが「あたしをかくして下さい。おお、神さま、あなたの翼の蔭にあたしをかくして下さい」と祈るシーンに、赤毛のアンを思い出してしまった。洋服なんて、たいしたことがないように思えるかもしれない。けれど、みなと同じ美しい服を着て、以前の服だったらみんなに親切にしてもらえたかしら、といったときのエルノラに対する、友人エレンの台詞……
「そうね、親切にはしてもらえたと思うわ。でもね、それには手間がかかるし、つらい思いもしなけりゃならず、心をそれほど自由に勉強に向けられないわよ。だれだって友達がいなければ愉しくないわ」
 洋服が同じだから友人ができる、ということばには賛否あるとは思う。けれど、この年頃の少女たちにとって、みなと同じように美しい格好をするとがいかに大切なことか……女性である作者はよくわかっていたようにも、感じられる。それは、アンデルセンがパンを踏んだ少女に対して用意した残酷な結末とは対照的だ。ここが男性と女性の差だろうか、など、ふと思った。


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