雪の残った疏水の上に、何やら落ちている。よく見ると拳を一回り小さくしたほどの小鬼である。冬の午後の陽射しに気持ちよさそうに寝ている。
              
  「家守綺譚」 梨木香歩 新潮社

 売れない物書きである「私」、綿貫征四郎は、行方不明になった親友、高堂の父親から家の守を任され、貧しいながらも物書き(と家守)だけで生計を立てる暮らしを始めた。親友の実家であるその家は、和風の庭、北側に山、山裾に疏水、家の南側に田圃、といったのどかな風景の中にある。「私」は知らないことを教えてくれる隣家のおかみさんや、庭の木々たち、そして時折あらわれる親友の高堂らとともに、ゆるやかな日々を静かに送る。
 連作短編集。ひとつひとつの物語には植物の名前がついていて、それに絡んだ、もしくはその花や木の季節の物語が語られる。物書きである綿貫よりも、隣家のおかみさんや和尚のほうがよほど世間に通じていて(?)、なにかあると
―― 河童の抜け殻に決まっています。
―― 一目見れば分かります。

 だのと自信満々にいってくれちゃうところがよい。
 しょっちゅう狸に化かされているのか、和尚と狸の区別がつかない綿貫の生活ぶりの、なんとのどかなことか。それでいて、長虫屋や出版社の山内など、いかにも俗っぽい人物が入り込んでくるところに、生活の息づかいを感じさせる。
 そういうわけで、この話のどこをとってもよかったのだが、散歩に行ったら小鬼が落ちていた……なんてのがあまりに可愛らしくて、「ふきのとう」から上記の一文を抜き出してみた。小鬼を手伝ってのふきのとう摘み。この小鬼がまた、なんともいえずわがままっぽいというか、自分勝手っぽいというか、たまらない可愛さなのだ。
 ふと散歩に出かけたい気分になる。そんな一冊。


 隣家のおかみさんの「きっぱり断言」ぶりがとてもよかったので、ふと思い出したが、「エレンディラ」所収の「大きな翼のある、ひどく年とった男」にも似たようなシーンが。
 ……念のために、生と死に関わりのあることならなんでも心得ている隣家の女を呼んで、見てもらった。彼女はひと目見ただけで、二人の思い違いを指摘した。
「これは、天使だよ」

 隣家のおかみさんが何でも知っているのは、洋の東西を問わない(笑)。



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