輝くばかりに美しい水死人を見ているうちに、村人たちは村の通りや中庭があまりにも荒れ果てており、夜毎みる夢も潤いのないものだということに初めて気がついた。
          
「この世でいちばん美しい水死人」(「エレンディラ」所収) G.ガルシア=マルケス(鼓直・木村榮一訳) ちくま文庫

 荒れ果てた土地に粗末なバラックが二十軒ばかり点在している海辺の村に、ある日、水死人が流れ着いた。改めて葬ってやろうと水死人にこびりついた泥や小石をこそげ落としていた村の女たちは、その水死人が背が高くて堂々としており、見るからに凛々しく逞しく、美しい男であることに気づく。もしこの男が村に住んでいたのなら、彼の家の戸はどこよりも広く、天井はどこよりも高く、床はがっしりとした造りになるだろう。彼の庭には草花の種がまかれるだろう。しかし彼は、生前はさぞかし辛い思いをしただろう。よその家を訪れたときには半身になってドアを通らなければならず、どんなに大きな椅子でも壊すのが怖くて座ることが出来ない。そんな風に、うどの大木であることを疎んじられる哀れな男だったかもしれない。可哀想なエステバーン。そして、この美しい水死人をきっかけに、村が姿を変えてゆく。
 短編集。「大人のための残酷な童話」として書かれたという紹介だが、「残酷」というよりは美しい物語が収められている。同じように貧しい村にたどり着いた「大きな翼のある、ひどく年取った男」は、天使なのかそうでないのかが不明なまま、鶏小屋に入れられ、半ば見世物のようにして生きのびるのだが、そのラストシーンは美しい。表題作ともなっている「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」も、話自体は悲惨かもしれないのだが、語り口によってその悲惨さが薄れ、むしろ幻想的な民話のような雰囲気である。
 レベルの高い短編集としてかなりのオススメ。



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