「きみは本当にどんな姿をしているんだろうな」その声は、低く、あこがれに満ちていた。(略)
「好きな顔と身体と髪を選ぶといいわ。あなたがどんな姿を想像しようと、あたしは喜んであなたの世話をするつもりよ」
             
 「歌う船」アン・マキャフリー(酒匂真理子訳) 創元

 彼女が生まれ出たとき、彼女はものでしかなかった。手足はねじれ、耳はかすかにしか聞こえず、目はかすみ、生きのびることさえ危うい存在。けれど彼女は脳波テストに合格し、金属の殻の中に移された。神経シナプスは宇宙船の維持と管理に従事する機械装置を操作するようにと調節され、十六歳になったとき、彼女は「船」になった。けれど、中央シャフト内部の、破壊困難なバリヤーの中におかれたチタニウムの殻の中にひそんではいても……彼女は少女、よろこび、哀しみ、愛し、歌う、ひとりの少女なのだ。彼女、ヘルヴァは笑い、ユーモアたっぷりの会話をし、嘆き、歌う。
 船は脳(ブレイン)と呼ばれ、筋肉(ブローン)と呼ばれるパートナーと組んで仕事をする。けれどふたりがふれあうことは決してない。そしてある日、ヘルヴァが自分の無力さを思い知らされる悲劇が起こる……
 「歌う船」にはさまざまなメッセージがこめられているが、基本はパートナー探し、パートナーとの関係を築くこと、だと思う。ふれあうことのできない相手への思慕は病的執着とも呼ばれ、ブローンがブレインにそのような感情を持ったことが知れたが最後、ふたりはばらばらに引き離されることになる。彼女がおさめられた柱をあけてねじれた身体を抱くことは、彼女を殺すことにもつながるからだ。ふたりはそれをどうやって乗り越えてゆくのか。ヘルヴァが選んだ道もひとつの形、「歌う船」シリーズとはいえ、ヘルヴァとは別の話である「旅立つ船」のティアが選んだのもまたひとつの形。
 SFが苦手な人でも感動できるシリーズだと思う。



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