我が家へと戻り、再び二階扉を見上げる。私には用途のわからぬその扉は、まるでオブジェのように、中空に向けてドアノブを突き出していた。
         
       「二階扉をつけてください」(「バスジャック」所収)三崎亜記  集英社

 出産のために妻が実家に戻っている間、留守を守っていた「私」は、ある日、近所に住んでいると思われる中年女性から、回覧板でお知らせのあった二階扉を早くつけるようにと強くいわれてしまう。そういわれて町内を見渡すと、確かにどの家の二階にも扉がついている。階段があるわけでもなく、ただ扉だけがつけられているだけだし、そもそも回覧板にどのようなことが書かれていたかも覚えていないが、とりあえずいわれたとおりにしようと工務店を呼びつけてみるが……
 「二階扉をつけてください」は、わけのわからない不条理世界に巻き込まれた男の姿を描いた作品だが、それをいうなら表題作の「バスジャック」もそうだ。「バスジャック」のブームが再燃(!)した世界で、高速バスに乗っていてバスジャックに遭遇した人々の姿を描いたものだが、一方で、バスジャックの定義や理想も細かに書かれている。それにしても、『バスジャックで二泊三日ほのぼの流れ旅』とは何ぞや……という感じである。
 「となり町戦争」に通じる、不条理世界があたり前のように描かれる不思議な感覚。ときには主人公たちも不思議さは感じている。それでも、その不思議さに抵抗せず、逆に自ら合わせていってしまうところが、なんというか三崎亜記風。不条理世界の不条理さを楽しみたい人にオススメの一冊。かるく読めます。




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