「戦争というものを、あなたの持つイメージだけで限定してしまうのは非常に危険なことです。戦争というものは、さまざまな形で私たちの生活の中に入り込んできます。あなたは確実にいま、戦争に手を貸し、戦争に参加しているのです。どうかその自覚をなくされないようにお願いいたします」
        
    「となり町戦争」 三崎亜記  集英社

 とある地方都市に住む「僕」は、ある日、一日遅れで目にした〔広報まいさか〕によって、となり町との戦争がはじまることを知った。といっても、いわゆる平凡な日常に変化はなく、いわゆる戦争が起こっている気配などみじんも感じられない。だが、〔広報まいさか〕は確実に戦死者数をしらせ、しかも僕もまた、「舞阪町役場総務課となり町戦争係」に呼び出され、戦時特別偵察業務従事者の辞令を交付されるのだ。偵察業務のために便宜的な結婚をし、となり町に居をかまえるようになっても、まだこの戦争が現実のものだという実感は僕にはない。恐れもない。痛みもない。悲しみもない。だが、それでも戦争は本物なのだ、たぶん……
 主人公の実感のなさと、町役場勤務の女性、香西を中心とした戦争係の「実感」のずれが、妙に納得できるのはなぜだろう。「戦争」に限らず、このような非現実的なリアル、実感のない現実というものが身近に感じられるからだろうか。例えば、選挙権があるにも関わらず、どこが与党になろうが野党になろうが、日本がそう変わるとは思えない……と思っている人間と、とにかく熱く、日本を変えるために選挙戦に身を投じる人々との差異。テレビに映る熱狂的な選挙戦と、自分の周囲の静けさ、無関心さ、非現実的なリアル。「となり町」戦争の「僕」と、その他の人々との差異はそれか。いや、香西をはじめ、となり町戦争係の人々だって、戦争をどれだけリアルにとらえているのだろうか。
 淡々と描かれた戦時下の日々。しかし、だからこそ、深い。



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