Chapter01

 “ちみちこ”とは何であるか?という問いに正確に答えることができる人は世の中に何人も存在しない。その最大の原因は“ちみちこ”の存在を認識している人の数が絶対的に少ないことと、その呼称が瀬戸内海に面した特定の漁師町だけで使用される方言であることによる。そればかりでなく、ある重大な「誤解」がさらに大きな障壁となっている。すなわち、“ちみちこ”を知る数少ない人たちでさえ、そのおそらくは大半が“ちみちこ”はタコだと思っているのである。むろん、“ちみちこ”は“つちのこ”のような架空の動物ではない。しかし、その正体を早く知りたい一心で“GOOGLE”などの検索サイトにこの文字列を打ち込んで調べようとしても無駄骨である。そんなことは私がとっくにやっていて、結果は、あだちみちこさんの名前が数件出てくるだけだ。

(2002/4/22)


Chapter02

  “ちみちこ”を語る上でどうしても触れておかなければならないのがベイカの存在だ。ベイカとは、主に西日本沿岸域に生息する成長しても10センチにも満たない小型のイカで、瀬戸内地方の隠れた名産となっている。抱卵期のメスを煮付けると非常に美味で、最近では関東地方の市場でもヒイカの呼称で流通することがあるようだ。文字で記すとベイカということになるが、厳密に言えば地元の主婦は「べーかを買うてきた」、漁師は「べかー食うか?」と発音する。長年、方言と信じて公衆の面前でこの名を口にしないよう心がけてきたものだが、先日あらためて調べてみると驚いたことに正式名称であることがわかった。そればかりか、学名“Loligo beka”、英語名“Beka squid”と、世界的にも堂々と通用する名前なのである。
 “ちみちこ”が単体で市場に流通することはまずない。記憶に残るのはベイカの煮付けにまぎれて1〜2匹、申し訳なさそうに食卓の居心地の悪さに耐える姿だけだ。
 “ちみちこ”のアクセントは最初の「ち」である。

(2002/4/24)


Chapter03

  私も数年前まで“ちみちこ”はタコの一種だと信じていた。いや、まったく信じて疑わなかったと言えば嘘になるかもしれない。なぜならちみちこには耳があるからだ。しかし、耳にタコができることがあるのだからタコに耳ができることもあるだろうという根拠で片付けてきたわけだ。前回書いたように“ちみちこ”には単体で流通させるほどの商品価値はない。それでも、ごく例外的に地元の珍味好きの人のために市場に並ぶことがある。私の実家が魚市場と目と鼻の先にあるという地の利から、親が数十匹というまとまった数の“ちみちこ”を送ってくることがあるのだ。そのような経路で入手した“ちみちこ”をある日煮付けて酒の肴にしつつ、なにげに足の数を数えてみたらなんと10本あるではないか。はっきり言って驚いた。耳があるうえに足が10本もあるとなるともはやタコとして片付けるわけにも行かない。果たして“ちみちこ”は「みにくいアヒルの子」だったのか?

(2002/5/1)


Chapter04

 “ちみちこ”には、実は“ちーちーだこ”という別称があり、人によってはこちらの呼び方のほうが身近に感じるようだ。しかし、この呼称が“ちみちこ”にタコの烙印を押させた大きな原因となっていることは否定できない。また、“ちみちこ”を煮付けた場合、墨の量が多いせいか墨袋が薄いせいか、全体が真っ黒になってしまい自らの「タコ疑惑」をいっそう深めてしまうのは彼らにとって迂闊なことである。この疑惑が、人類がその食用性を認知した時から現在に至るまで繰り返されてきたことは想像に難くない。さらに、人間以外の生物にまで考察の範囲を広げてみると、イカを主食とする捕食者の中にも「なんだ、タコか。」と“ちみちこ”を眼前にしながら捕食の対象から除外してきた海洋生物はかなりの数いるはずだ。“ちみちこ”は太古から未来永劫へと続く疑惑を運命付けられた種と言っても大袈裟ではあるまい、思えば数奇な運命を背負った種である。 そしていよいよ次回、我々は “ちみちこ”が立派なイカであるという重大な資料に遭遇することになる。

(2002/5/27)


Chapter05

   学名; Euprymna morsei (Verrill, 1881)
   日本名; ミミイカ
 “ちみちこ”の正体は十中八九こいつだろう。「全国いか加工業協同組合」という団体が公開しているWEBページ 「ika world」(http://www.zen-ika.com/)の中に 「web版 原色 世界イカ類図鑑」(http://www.zen-ika.com/zukan/index.html)というものがある。先方の承諾を得るのが面倒なので、記載事項や写真の転用は避けるが、目次「Pl.12 ダンゴイカ科Sepiolidae−インド・西太平洋Indo-West Pacific(2)」のページ2番目に出ている「46. ミミイカ」を見てきてほしい。大きさ、特徴、生息域、さらに写真を元に検証すると、“ちみちこ”の正体は、“ミミイカ”に間違いない。私はこの記載を見たとき、イカ学会に乗り込んで「ミミイカはちみちこだ。」と発言したい衝動がこみ上げてきた。しかし、「ちみちこはミミイカだ。」と反論された場合のことを考えると、慎重にならざるを得なかった。それにしても、この図鑑の記載を行った方には多大なる敬意を表する。
 ところで、私のように「ミミイカ」の記載内容中、「付記」を読むだけで酒が飲める人間は希有であろう。“ちみちこ”は、亡くなったばあちゃんの大好きな酒肴のひとつだった。

(2002/6/5)


Chapter06

 ひさしぶりに検索サイトに“ちみちこ”を打ち込んでみると、なんと当コーナーが先頭にヒットする世の中になっている。単なる個人的なノスタルジーから始めた連載が “ちみちこ”を世界中に広める結果を招いてしまった。責任は重大であり、これによるあらゆる弊害を未然に防ぐことがもはや私の使命といえるだろう。考えられる弊害はいくつかある。産地である私の地元の観光地化による環境汚染、道路公団による瀬戸大橋3本増設計画とそれに伴う猪瀬氏の反乱、学会の混乱、ニセ“ちみちこ”(ミミイカダマシ、ヤワラボウズイカ等)の出現、最悪の場合は乱獲による絶滅の危機、密猟者の闖入にフーリガンの来日まで考慮しておかなければなるまい。このあたりで、“ちみちこ”の父としてオフィシャルコメントを発するべきなのか。「ちみちこは不味いですよ」(私は好きだけど)しかしこれで世界中の人が納得するとはとうてい思えない。
 いろいろ考えた結果、“ちみちこ”をキャラクター化して愛護精神の啓蒙をはかるという戦略を採ることにした。今後、理論的には次のような展開が考えられる。ディズニーシーの隣あたりに「ちみちこランド」を建設して「ちみちこ大サーカス」や「ちみちこレース」、「浦安ちみちこ軍団」などのエンターテイメント・イベントを企画しつつ、同時に、携帯ストラップなどのグッズ販売をおこなう。年間の入場者数を42万人とすると、入場料をかなり低く設定しても保護活動をおこなうための潤沢な「ちみちこ基金」を設立しつつピンハネもできる。さらに、天然記念物指定のはたらきかけをおこなうとともに、“ちみちこ”の棲息しない北朝鮮あたりに「ちみちみ」と「ちこちこ」という、つがいの“ちみちこ”を友好の使者として贈る。この夫婦に「みちみち」という子供が生まれたあかつきには、“ちみちこ”は世界平和のシンボルとして、世界遺産の指定までも考えられる。ありきたりの手法に思えるが、まあ現実的にはこれぐらいが精一杯だろう。

(2002/7/8)



Chapter07

 ふるさとにて



(2002/10/22)


Chapter08

 市場流通がほとんどないため入手困難な“ちみちこ”だが、今回、ついに実物の撮影に成功した。ただし、あまりに貴重な画像であることから、大変申し訳ないが閲覧は有料とさせていただく。

  閲覧料; 105円(税込)
  決済方法; 会ったときに手渡し


以上の内容に同意される方のみ、下の「閲覧」ボタンを押して“ちみちこ”をご覧いただきたい。何回観ても105円なのでお得である。なお、閲覧料を支払っていただいた正直な方には“ちみちこシール”(プリクラサイズ4枚組)をもれなく差し上げることとする。これも会ったときに手渡しにて。


(2002/12/8)



Chapter09

 妻の携帯に“ちみちこシール”を貼ってあげた。妻はちょっと迷惑そうな顔をしたが、喜びを包み隠しているに違いない。


 “ちみちこ”のサブタイトルが“たこゆーな”に決まった。

(2002/12/29)