「だって、私、お母さんに……あなたにちゃんと圭太クン渡したじゃないですか」
            
  「造花の蜜」連城美紀彦  角川治樹事務所

 五歳になったばかりの息子、圭太は、夫と離婚した香奈子にとってかけがえのない存在だった。だが、その圭太がスーパーで誘拐されかかるという事件が起こり、それが錯覚ではなかった証拠に、実際に約一か月後、圭太は何者かに誘拐されてしまった。圭太は無事か。パニックに陥る香奈子。しかし、なにより香奈子を怯えさせたのは、幼稚園の担任が、お母さんにちゃんと圭太クン渡したじゃないですか、と開き直った口調でいったときだった。自分とそっくりな恰好をして圭太を連れ出したという男女。その年齢の子どもにしては賢く、見知らぬ他人についていくような子どもではない圭太が、なぜ誘拐されてしまったのか。そんな香奈子や警察をあざ笑うように、犯人は次々と、筋の通らない指示を飛ばしてきた。担当となった橋場警部は、香奈子が何か隠していると感じるが、それが何かわからないまま、犯人は一億円の身代金受け渡し場所として渋谷の交差点を指定してきた。そして、受け渡し場所に近づいた香奈子の口から洩れた衝撃の真実とは……
 しかし、実はこれは複数の事件のほんの一端にすぎない。圭太誘拐事件の裏に隠されていたものが明らかになるにつれ、まさか、という思いにかられることは必定。そして最後の最後に起きる最大の事件。
 連城美紀彦作品らしく、雰囲気にのまれるとあっというまにミスリードされてしまう。手がかりはあちこちに散りばめられてはいるのだが、造花に蜂が……などという幻惑的な雰囲気に惑わされていると、見えるはずのものも見えなくなってしまうのだ。上手に騙されたい人にオススメのミステリ。




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