「どうせ死ぬ気でここまで来たんだろう? 死ぬのはいつでもできる。死ぬ前に、おまえが討った松倉家の者の数だけ、病で苦しむ子らをここで救え」
                   
  「出星前夜」 飯嶋和一 小学館

 医師、外崎恵舟は、島原南目の有家村で、多くの子どもたちが傷寒に苦しむ姿を目の当たりにした。それを治療するための薬もつきたが、新たな薬を手に入れようとした恵舟の前に立ちふさがった壁は、有家の村を治める代官たちの横暴だった。だが、松倉家の課す重い年貢にも黙って耐え、いままた代官たちの横暴にも耐えている村人たちは、かつてキリシタンとして生き、いまは棄教して生き延びた人々だ。彼らの胸のうちにはまだ、キリシタンとして、耐え忍ぶ心だけが残っている。恵舟は、そんな村人だからこそ、耐えきれなくなり、暴動となったときが恐ろしいということを予感する。
 最初に立ちあがったのは、子どもたちだった。どうせ傷寒で死ぬのであれば、天主の審判によって死んだほうがましだ。そして、彼らはそれまで禁忌とされてきた教会堂の森に入り、木々を切り倒し、教会に住み着くが、それでも天主の裁きによって死ぬことなく、生き延びたことで、さらに力を得ていく。自らの力だけを信じる彼らを、大人たちは複雑な思いで見守るが、そんなとき、代官所が火事になり、子どもたちをまとめてきた寿安が、すべての罪をひとりで被る決意をするが……
 島原の乱を描いた物語、と思って読んではいけない。藩政の理不尽に耐えに耐え、ついに立ち上がった人々、それを遠くから見守りながら、自らも子どもらの病と闘う医師恵舟、物語は複数の人々を重層的に描き出し、島原の乱の真実を浮き上がらせているのだが、実はただそれだけではないのだ。縄田一男が帯に書いているように、ラストにきて、タイトルである「出星前夜」の意味を知ったときにこみあげてくる感動はあまりに大きい。
 いくさによって人を殺すこと、医術によって人を救うこと。人の生と死が複雑に絡み合って、大きな物語を作り出している。第35回大佛次郎賞受賞。09年度本屋大賞ノミネート作品。

 ……が、しかし。周囲には途中でめげてしまう人、続出。どうも、誰が主人公かよくわからないまま、全員が力いっぱい描かれていることで……読み疲れてしまうらしい。そういう意味では、読書力(?)のようなものが求められる作品なのかも。主人公がわかっていたほうが読みやすいだろうけれど、しかし、それだと最後の感動がないだろうしなあ……希望者にだけ、こっそり教えます(笑)。



オススメ本リストへ