「オレ、一生、太宰なんて読まないよ。永原さんや広瀬みたいになりたくないからな」
 不幸な男である。
     
「桜桃忌の恋人」(「日曜日の夕刊」所収) 重松清 新潮文庫

 実は重松清作品はほとんどすべて読んだのだが、どこだったかで、賞を取れるような作品を狙って書こうと思えば書ける、というような文章を読んで、この人って泣かせるところや笑わせるところ、すべて計算づくなんだな、と思っていやになった……ことがあって、なかなかススメられなかった。「ナイフ」で、苦しみながら登場人物と対話しながら書いた、とかいう作品について語っている部分を読んでも、この人ってあとがきでも計算しているのかも、とまで思ったわたしもまた、けっこうイヤなやつであるのだが。
 それでもまあいいや、計算したんならしたんでおもしろい作品だしさ。と、開き直った。
 特に「チマ男とガサ子」や「桜桃忌の恋人」あたりは、「世にも奇妙な物語」を書いていただけあって、おもしろい。
 「暴れん坊将軍」で江戸時代に興味を抱き、国文科に入った「オレ」、広瀬はクラス名簿の好きな作家の欄に女の子うけしそうな名前を適当に並べる。一冊も読んだことのない太宰治も。ところが、それがきっかけで、太宰教の信者ともいうべき永原ゆかりと知り合うことになってしまった。いっけん普通の女子大生でありながら、永原さんは太宰の熱狂的なファンであるために自殺未遂を繰り返し、芥川賞が欲しくてたまらなかった太宰の無念を晴らすべく、歴代の芥川賞作家に「芥川賞を返上せよ」と手紙を送りつけた過去の持ち主、ちょっと怖い人でもあるというのに。そんな彼女に太宰に似ているといわれ、挙句の果てには「それで、広瀬くん、いつ死ぬの?」なんていわれたら逃げるしかない。とかいいながら……生まれて初めて太宰を読み、ハマってしまう、広瀬。
いやあ、太宰ってところがツボです。ラストとかは計算されつくされた面白さが見えて、そこが良し。家族やイジメを描いた作品もあるが、他の短編集に収録されたものほど厭味はないし、全体としては肩の力を抜いて楽しめる短編集となっているように思われる。重松清未読者は、まずはここからどうだろうか。



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