「それはね、水蓮の果が水の中で溜め息をつくからさ。」
「どうして。」
「水の底にいることを誰かに気付いてもらって、其処から連れ出してほしいんだ。」
            
 「夜啼く鳥は夢を見た」 長野まゆみ 河出文庫

 白い砂塵の眩しく光る燥ききった道の果てにある祖母の家。兄の紅於と弟の頬白鳥が向かう途中の道の有様は、あまりに眩しく白く、こちらまでが喉の渇きに襲われそうな、そんな気持ちになる。緑の葉を勢いよく茂らせる紫薇、その底にさびしい少年を眠らせる池塘。微眠みを誘う夏のひるま。不思議な世界につと誘われる、そんな感覚。
 祖母の家に住む少年、草一のもつ不思議なまでの透明感、儚さ。病がちの頬白鳥が殊更に草一に甘えるのは、同じようにこの世の中に……眩しすぎる世界に馴染まぬものを感じているせいなのだろうか。かつてそこで子どもが死んだという沼に魅せられる頬白鳥は、ただ単に幼いとだけはいいがたい。おそらくは、死。生と死の有りようは物憂い夏のまひるの夢に似ているようにも感じられる。
 長野まゆみの描くいくつかの世界の中で、わたしはこの話がとても好きだ。キャラクターや物語構成からいえば「天体議会」がベストであろう、という意見が多いと思う。それに対して否やはない。ただ、この「夜啼く鳥……」にある気怠るい雰囲気、頬白鳥が湧水の水盤に手を差し入れて水蜜を掴もうとするときの、いつしか目的そのものを忘れた水との戯れ。夏のまひるの物憂さの描かれかた。少年たちがそれぞれの危うさで水へ、沼へ、死へと誘われるさまが、いつしかひたひたとこちらの胸を浸してくる。夏のまひるに読みたい一冊。


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