世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何が変わるだろうかと、ふと思う。たぶん何も変わりはない。ただ青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には大勢いるのかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持ちになってくる。
                
     「横道世之介」 吉田修一 毎日新聞社

 春。九州から都内マンモス私大への進学を機に上京した横道世之介、十八歳。一応都内ではあるものの、東久留米市のアパートに一人住まいをはじめ、付属校あがりの生徒たちと違って、右も左もわからず、知った顔のひとりもいない状況で、ややあたふたしながら……それでもマイペース。そんな世之介の周囲には、出身地は同じだが他大に進学し、やけに都会人ぶるようになってしまった小沢や、入学式で隣同士の席に座ったことがきっかけで知り合った倉持、同じクラスの阿久津唯、顔見知りだと誤解したことから知り合うようになった加藤、教習所で知り合った祥子ちゃんなど、個性的な面々がそろう。春から夏、秋、そして冬へと、東京での一年間を過ごすうちに、世之介はそれまで知らなかった世界を見て、知りあうこともなかっただろう人々と知り合う。
 物語は、東京にやってきた少年の成長物語と同時に、世之介にかかわった人々が二十年近くたったのちに、ふと世之介のことを思い出す――というようなシーンがはさんで進んでいく。かつては世之介と同じように新しい世界に目を奪われ、悩み、ときにはふわふわと浮かれたりして若さを満喫していた人々も、いまでは人の親であったり、責任ある仕事を任されていたり、恋人と安定した生活を送っていたり、する。
 おそらく、地方から東京のマンモス私大に上京してきた経験のある三十代後半から四十代前半……いわゆるアラフォー世代には、懐かしい香りのする物語なのではないかと思う。読んでいて、思わず笑っちゃうほど自分の学生時代と似ている部分があったり、世之介とか加藤とか倉持とか、いたいたこういうやつら、と思ったりもする。どこにでもいるような地方出身学生の一年間をノスタルジックに描いたという意味で、自伝的なのかな、とか。……が、しかし。ってことは、地方在住で地方の大学に進学した人とか、東京に生まれ育って東京の大学に進学した人とか、現時点で大学生である若者たちには、懐かしくもなんともなくて、別にどうでもいい話なんじゃ? という心配もないではない。
 とりあえず、個人的には、九州から都内のマンモス私大に(世之介とは違う大学ですが)進学した自分を振り返って懐かしい感じは楽しめました。同じように東京の大学に進学してきた高校の同級生とかには、オススメかもしれないと思う。
 2010年度本屋大賞ノミネート作品。



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