「同じ部屋でいいでしょ、あんたの鼾我慢してやるからさ」と山本アユミミが言うので、「あなたの歯ぎしり我慢できるの、わたしくらいしかいないしね」と言い返した。
           
「椰子・椰子」  川上弘美 (絵 山口マオ)  新潮文庫

 「これを読んで友情を誓い合ったんだ」
 といわれて、読むことにした。知りあいは旅行先のベトナムの空港でこの本に出会い、一緒にいた女友だちと改めて友情を誓い合ったのだ、という。近頃、女同士の友情とかって言葉に弱いわたしはそれだけで読んでみようじゃないか、という気分になった。しかし、不思議な本である。
 夢日記のような奇妙な日常の間に、やはり不思議な物語が挟まれている。子どもを折りたたんで押し入れにしまったり、夫がいるのに片想いの相手がいたり、突然一緒に暮らす恋人ができたりするので、これはぜんぜん関係のない話がぽんぽん入っているだけかと思うと、鳩のジャンとルイだけはずっと登場しているので、どうやらつながった一年間の話らしい。シュールで不気味というより、なんだか変なんだけど、これってけっこうありそう、って思えてしまうのは何故だろう。
 友情を誓いあうモト(?)となった話は、「春の山本」なのだそうだ。ある日、「わたし」のところに、しばらく疎遠だった山本アユミミから手紙が届く。いろいろ書いてあるのだが、その手紙には、
「どうぞ探さないでください西の方へ行くような予感がしてます西の湖のほとりに行くような予感がしてますだからといってどうぞ探さないでください探す場合は鮎正宗かトモエヤのからすみ持ってきてくれるとなおいいですそれでは山本アユミミ」
 とあって、わたしは旅支度をして、山本アユミミが好きな鮎正宗という酒の一升瓶二本と、トモエヤのからすみを三箱買って、かつて二回ほど山本アユミミと泊まった旅館を訪ねていく。
 ふたりの会話はある意味とんでもない。でも、いいよね。疎遠になっていても、手紙一本でぱっと旅支度をして訪ねていく(そういえば昔、それでドイツまで行ってしまった人がいなかったっけ?)。いいなあ。わたしがどこかに消えてしまいたくなったときには……んー、なにかな、そんなに執着している食べ物がないな。でも、何か持って訪ねてきて。誰か。



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