「ちょっと待ってもらいたいですね、ベンソン長官。もう一人、名探偵がいるってことをお忘れなんじゃないですか」
 ベンソンが怪訝な顔をした。
「これまで数々の事件を解決したチャールズの傍らにあって、いつも的確な手掛かりを見出し、貴重な助言を与えてきた人物が、あなたの目の前にいるじゃないですか」
         
「消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿」 翔田寛 東京創元社

 明治六年、横浜。外国人居留地では、山高帽子にフロックコート、青い目をしたイギリス人たちが午後のお茶を楽しみ、そこからひとつ筋を外れたところでは、町人髷の男が歩き、姉様被りをした女中たちや、棒手振り、物売り、浪人たちが歩いている。西洋と東洋とが混じりあい、活気を生み出しているその街で、新聞記者ワーグマンが鮮やかに謎を解く。
 西洋の幽霊と日本の幽霊が連続して目撃された怪談めいた謎「坂の上のゴースト」、日本かぶれの吝嗇なイギリス人が白装束をまとってハラキリした「ジェントルマン・ハラキリ事件」、どれも明治六年という時代を抜きにしては味わえない雰囲気のある物語である。流入してくる西洋を歓迎する日本人ばかりではない。それでも、時代はいやおうなく変化していく。ならば、たくましく、誇りを失わずに生きていくしかないのだ。日本人を妻に持つワーグマンの目は、そんな日本人の姿に対して優しくて、なんというか、現在のわたしたちから見て、「昔の人も頑張ってた」と思えるようなつくりになっている。
 とはいえ、ワーグマンもいいのだが、ワトソン役のウィリス医師がよい。なにせ彼、日本語が通じないので、ワーグマンが日本語で聞き込みをしているあいだは隣でにこにこしているだけだったり、事件が解決した後もいまいちよく飲み込めずにワーグマンに解説してもらったりと、なんとも愛嬌のある存在なのだ。
 ややこしい謎ではないが、とにかくこの雰囲気がよい。オススメ。



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