「面白そうですね、ぜひ聞かせてください」
           
「山伏地蔵坊の放浪」 有栖川有栖 創元推理文庫

 ダンディーなマスターのいる店「えいぷりる」。土曜の夜にもなると、町一番の紳士服店の若旦那、町一番の藪と評判の歯医者、町で一軒だけの写真屋の夫婦、そして、町に何軒もあるレンタルビデオ店のひとつを経営する僕――が集まり、楽しみに待つ。地蔵坊の院号を持つ山伏の探偵物語を。
 地蔵坊の話は、およそ実話とも思えないほど怪しい事件。トリックを暴くのは放浪の探偵ともいうべき地蔵坊だが、はたしてこれは事実なのか? けれど、いいのだ。おもしろければ。
 第一話めのラストを読んだとき、思わず腰が砕けそうになった(それはもう、お楽しみに)。気安い仲間ばかりが集まったところに、不思議な出来事を話す人物がやってきて、自らの探偵談を語る……このパターンは、そう。「ユニオンクラブ綺譚」であり、「白鹿亭綺譚」でもあり「小悪魔アザゼル」なんかも、この系列か。それにしたって、ここまで、聴き手が話し手のことを信じていなくて、いいのか?(笑)
 短編集なので楽しみながら、そして聴き手と一緒になって地蔵坊に挑戦しながら、いろいろな読み方が出来ることだろう。解説にもあるように「語り=騙り」であり、ミスリードされることを承知で読み進みながら、しかし、はた、と立ちどまって、地蔵坊とは別の解答を出すこともまた不可能ではない。のんびりミステリーを楽しみたいときに、オススメの一冊。



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