「あの女たちを見殺しにして、なんの士道、なんの仏法。仏法なくしてなんのための天海僧正、士道なくしてなんのための徳川家でござる。もし、あの可憐な女たちを殺さずんば、僧正も死なれる、徳川家も滅びると仰せあるなら、よろしい、僧正も死なれて結構、徳川家も滅んで結構」
           
 「柳生忍法帖」  山田風太郎   角川文庫

 会津四十万石加藤明成の悪行目にあまり、家老の堀主水は諫言聞き入れられず、また娘千絵を差し出せといわれて退転。一族は高野山と東慶寺へと別れて身を潜めるが、怒り狂った明成は会津七本槍といわれた男たちを使って一族を捕らえてしまう。しかし、その折に七本槍が破った東慶寺は徳川千姫の娘、天秀尼のあずかる寺。思うままに男たちに蹂躙された寺と殺された女たちのために、千姫の怒りが冷たく燃える。徳川将軍家姉の力添えと柳生十兵衛という指南役を得て、堀一族の中のただ七人、生き残った娘たちが会津七本槍に立ち向かう。
 と、こう書くと重苦しい話のようだが、そこは山田風太郎なので派手な立ち回りと陰惨な場面の割に飄々とした十兵衛がぽっかり浮かんでいるようでよい。「魔界転生」は実はあまりに淫虐な場面にオススメ文を書くのをやめたのだが、もしかしたらそれ以上かもしれないこちらを書いてしまったのは……ううむ、なぜだろう。風太郎節に慣れてしまったからだろうか(笑)。
 「魔界転生」にも十兵衛に仕込まれた女性が闘うという姿はあるのだが、今回はそれがさらに一歩すすんで、十兵衛は手を出さず、女たちだけが復讐のために闘うことになっている。相手は並みの男が立ち向かっても手出しのできるような輩でなく、十兵衛すら身を危ぶむような者たちではあるのだが、一族の敵のために一途に命をかける女たちの姿は清らかで美しい。甲賀や伊賀の忍法帖と違って、柳生なので、忍法そのものを楽しむにはやや欠けるが、いわゆる十兵衛ものとしてみたときには、彼の飄々とした姿や女たちに押しまくられて、やや焦る少年らしさ、そして最後の最後、「おれだけが弔ってやらねば女がある」と呟く心には、惹きつけられてやまない。



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