パーマー・ラルーは、これまでずっと、底無しの穴の淵に立っているような気分を味わってきた。そして、十歳の誕生日の十九日前に、とうとうその穴に落ちてしまった。
               
「ひねり屋」 ジェリー・スピネッリ(千葉茂樹訳) 福音館書店

 その町では年に一度、ファミリー・フェスティバル、別名「鳩の日」が催される。なんといっても目玉は鳩撃ち。五千羽もの鳩をシューターたちが次々に撃ち落し、ポイント制で順位が決められる。彼らが鳩を撃つために払った金が公園の維持費となるのだ。ほとんどの鳩は撃ち落された時点で即死だが、傷つき、落ちてもがく鳩を回収するのは「ひねり屋」と呼ばれる少年たちだった。
 パーマー・ラルーは幼いときからずっと、ひねり屋になんかなりたくなかった。けれどこの町の少年として生きている限り、十歳の誕生日を迎えることはひねり屋になることを意味している。物語はパーマーが九歳の誕生日に、いままで自分を無視してきた悪がきたちと仲間になり、不安定ながらも認められた誇らしさでいっぱいの日々を過ごしている、その状況ではじまる。しかし、パーマーが自分の部屋の外で鳩を見つけてしまったときから、彼は自分の本心と、この町の少年として生きていく建前とに苦しみ始めるのだ。
 パーマーの家には金色の鳩、優秀なシューターとして表彰されたしるしの像が飾ってある。そんな父親に、自分が鳩を飼っているなんていえるだろうか? ……いえるはずがない。この町に住む人たちは、みんな年に一度、鳩を殺すことを楽しみにしているのだから。パーマーがニッパーと名づけた鳩は、彼によく馴れているが、しかしこの町で人に馴れた鳩は危険すぎる。しかし「鳩の日」は容赦なく近づき、そしてパーマーの秘密も少しずつ破綻していってしまう。
 泣きました。自分の大切な宝ものが、だれにも理解されることなく、特に家族にまで内緒にしなければならない苦しさ。そして、ただひとりの理解者であったはずのドロシーが、あまりの無知からよりにもよってとんでもない場所でニッパーを逃がしてきてしまったことを知ったときの、衝撃と哀しみ。
胸が苦しくなるほど、少年の心がせつせつと描かれた佳品である。



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