それは、この国で生まれ育った二世三世には完全に分からない。日本にいる人間にも分からない。この世代だけに息づいている感覚――それは衛藤も含め、彼らが死に至ると同時に時代の狭間に埋もれ、この地上から永遠に消えてしまう。
                 
  「ワイルド・ソウル」垣根涼介 幻冬舎

 1961年11月。日本からブラジルに旅立った衛藤たちには夢があった。日本で猫の額ほどの畑を必死に耕していたのと異なり、ブラジルは豊かな土壌に恵まれ、多毛作も可能な気候だ。そこで野菜農家を始めればあっという間に豊かになり、大農場の主になれる――と。だがその夢は入植地にたどりついた途端に打ち砕かれる。暗い密林。入植者用の住居はおろか、灌漑排水設備も開墾済みの畑もない。強い酸性の土壌。乾季と雨季の激しい変化。そして疫病。入植者たちが次々に倒れる中、夢も家族も失った衛藤はついに入植地を去る決意をする。だがそのとき衛藤を見送った野口に彼は約束する。必ず戻ってくる、と。だが10年後、入植地に戻った衛藤が見たのは荒れ果てた地で言葉さえも失って暮らす野性児ただ一人だった。
 それから二十数年後、日本。ブラジルからやってきた三人の男たちが動き出す。彼らの目的は当時の関係者、特に外務省に謝罪をさせること。そのための段取りもつけてある。だがブラジル人らしく大らかで女に目のないケイは、当初は単なる手段として近づいていたはずのテレビ局報道記者貴子と深くかかわっていくようになる。それはケイ自身だけでなく、計画全体をも危うくするものであったが、貴子もまた、バカな男だとわかっていながらケイに魅かれていく自分を抑えきれずにいた。そしてついに起こる事件とは?
 過酷なブラジル移民の生活はもちろん、現在の日本社会の雑多な様子、事件を仕掛ける側と犯人を追いつめる側の息詰まる攻防などが圧倒的なスピード感で描かれる。登場人物それぞれが厚みを持っていて、行動の裏にある感情に嘘がない。厚さは苦にならないし、ネタの重みも苦にならない。衛藤という一人の男が縦糸になっているせいだろうか。ケイという野蛮でばかな男の持つ天性の愛らしさのようなもののせいだろうか。
 読まないと損ですよ、これは。




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