子供たちよ、好奇心を失うな。好奇心が停止するくらい、ひどい事態はない(わたしは身をもって体験した)。好奇心の抑圧くらい、人間を抑圧するものはない。
           
      「ウォーターランド」グレアム・スウィフト(真野泰訳) 新潮社

 「私」、歴史教師のトム・クリックは、いままさに学校を辞めさせられるところだった。歴史は削減科目だと告げる校長。だが、本当のところは別にあった。トムの妻メアリが嬰児誘拐というスキャンダルを引き起こしたせいなのだ。いや、それともやはり、歴史の授業の名を借りてトムが行っているダベリ――物語のほうに問題があるのだろうか? 歴史を学ぶ意味などわからないという反抗的な生徒にトムが語って聞かせたのは、この土地、水の郷フェンズの物語。若きトムの身に降りかかった友人の死――殺人事件をめぐる物語であり、妻となる女性メアリとの愛と性への好奇心にあふれた関わりの物語でもあり、ジャガイモ頭といわれていた兄の出生の秘密を含めたこの土地に住む人々の歴史でもある。フェンズという土地そのものの歴史を語ることは、歴史の意味について考えることでもある。ときにウナギをめぐる考察があるように、歴史とは自然誌であり、なにをさておいても<物語>なのだ。
 子供たちよ、という呼びかけが繰り返されるこの小説は(改訂版ではこの呼びかけがかなり削られているらしい……が、訳者も書いているように、この呼びかけこそが魅力的)、「大人」が子どもに語って聞かせる真の教育なのではないかと思う。ときに赤裸々すぎるほどに語られる若きトムとメアリの関わりは、生徒たちに下ネタへの興味を引き起こすばかりではなく、やはりそこに何か奥深いものを感じさせているのであろうから。
 授業がときにあちらこちらに脱線するように、この物語もさまざまな方面に脱線するが(そもそもが脱線話であるのにも関わらず)、そのあたりもまた魅力的であるし、短い話の繋がりが飽きさせない構成にもなっている。本自体はかなり厚みのあるものだが、すらすら読める。オススメ。



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