「どうしておれはその女のことをおぼえていないんだ?」
 ニックはワイリーを見た。彼なら答えを知っていると思っているようだった。フロアマネージャーは肩をすくめた。
「女のほうはしっかりボスのことをおぼえてますよ」
          
   「カジノを罠にかけろ」 ジェイムズ・スウェイン(三川基好訳) 文藝春秋

 フロリダで優雅な隠退生活を送るトニー・ヴァレンタインは、カジノコンサルタント。もともとは公営カジノのあるアトランティックシティで警官をしていた彼は、カジノでの不正行為を見破る鋭い目と、数百人に及ぶいかさま師たちを入力したデータベースを持ち、数多くのいかさま師たちを次々に刑務所に放り込んだ。いまではいかさまによる損害を恐れるカジノからの依頼を受け、カジノ相手のコンサルティングで稼いでいる。だが、愛妻に死なれ、息子とは折り合いが悪く、私生活の面で恵まれているとは到底いえない生活だ。
 そんなヴァレンタインのもとに持ち込まれた一本のビデオテープ。ラスベガスのカジノからの依頼は、どうみてもいかさまをしているようには見えないのに、不審な大勝ちを続ける男の調査。渋々腰をあげたヴァレンタインだが、そこには思いもかけない大掛かりな仕掛けがあった。
 ギャンブル小説(笑)。とにかく、カジノの雰囲気や、個性的な登場人物たちがとてもよい。ヴァレンタインもなかなかだが、狙われているカジノのオーナー、ギリシア人の小男ニック・ニコクロポリスがなんたって壊れ方としては最高。十年前に酒を断った彼だが、ある時期の記憶が完全に抜けていて、最初の二回の結婚をはじめ、当時の自分の行状について古手の従業員の記憶に頼るしかない。今回のことも、どうやらニックがかつて手ひどい扱いをした女性の恨みによるものらしいのだが、ニック自身にはまるで記憶がないのだ。がさつで下品で悪趣味なのに、どこか憎めないニック。従業員たちもヴァレンタインまでもが、ニックのために動いてしまう……というおもしろさ。ユーモアたっぷりの会話といい、気楽に読める一作。オススメです。



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