もうこの女には逢えないかもしれない。
 それくらいなら殺してやりたい。一片も残さず完全に破壊したいほどに、いとおしい。
              
「グラン・ヴァカンス:廃園の天使T」 飛浩隆 早川書房

 美しい夏の朝の少年から物語は始まる。けれど、それが偽りに過ぎないこともすぐにわかる。永遠に続く夏、仮想リゾート<数値海岸>の一区画<夏の区界>。機械化からやや取り残された南欧の町を模し、人工的に組み込まれたロールAIたちがゲスト、外部からやってくる人間たちを待っている。けれど、ゲストの訪れは千年も前から途絶えていた。人間たちはすべて死に絶えてしまったのか? ここは見捨てられたのか? だとしたら、なぜ高い費用がかかるはずの演算がこうして続けられている? たくさんの疑問はありながらも、AIたちは同じ一日を繰り返す。「永遠の夏休み」、グラン・ヴァカンスを。
 そして、突如訪れる、破壊。謎のプログラム<蜘蛛>により、次々に消されるAIたち、そして街。生き残った者たちが繰り広げる攻防。しかし、これもまたプログラムされたものではないのか――?
 高い会員権料を支払い、穏やかな夏の一日に訪れようとするゲストとは、いったいどういう性格の人々だろうか――ということが、この物語のひとつの核となっている。仲の良い四人家族。母親と、姉と、弟。ゲストにあてがわれたのは父親の役だ。高額な料金を支払って、娘の誕生日を祝う父親の役をするか、それとも……? 残酷だけれど、作者の出した答えは間違っていないと思う。そしてこの街(区界)は、存在そのものが、ゲストのためにあるものなのだ。積み上げられた物語たちとその苦痛。
 <廃園の天使>3部作、衝撃の開幕篇、ということである。最初の1ページから伏線につぐ伏線。再読すると、さらっとした部分にも答えが隠されていて驚かされる。練り上げられた構成と、文体は見事である。再読に耐える、というよりは、何度も繰り返し読んだほうがおもしろい作品。見逃してはならない逸品である。

 それにしても。
 飛浩隆、約10年ぶり…とか書いてある。あとがきに。1年で完成するはずのものに8年かかったりなんかしている。そして――3部作、と銘打ってはあるが、2部、3部が完成しているわけではない、とも書いてある。
 完成までに何年かかるのでしょう――不安です。
 まあ、1部だけでももちろん意味は通じるし、おもしろいからいいのですが。続きはわたしが生きているうちに書き上げてもらいたいものです。



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