自分のまわりにまったく人がいないという虚しさ淋しさではなく、自分の思っていたような自分自身が、実際ここには存在していなかったことを知った虚無感……。
                
「孤独の歌声」  天童荒太 新潮文庫

 自分の歌いたい歌を、売れるとか売れないとかに関係なく歌いたいと願い、詞や曲のインスピレーションが浮かべば、そっとレコーダーに吹き込んでいる潤平。広大な虚無の中にぽつんとひとり佇む彼は、ある夜、連続コンビニ強盗事件に巻き込まれる。潤平にナイフを突きつけた強盗の背後から近寄っていったのは、同僚で中国からの留学生である、高。そのとき、「うしろだっ」と叫ぶ声が潤平の耳を打った。とっさに振り返った強盗が高を刺す。それを見つめることしか出来なかった自分。叫んだのは誰だ? 潤平はそれが自分であることを疑わず、ますます深い孤独へと引き寄せられてゆく。
 その連続強盗事件を担当する朝山風希は過去に傷を抱え、自分の担当事件以上に、発生している凄惨な連続殺人のほうへと引かれていた。被害者の共通点は何か。か細い糸をたぐる風希がたどりついた道は、潤平ともつながっていた。彼女は犯人を見つけることが出来るのか。
 さまざまなかたちで孤独を噛みしめる登場人物たち。犯人もまた、孤独ゆえに犯行を重ね、足掻き、被害者もまた、孤独ゆえに目をつけられ、さらわれてしまう。陰惨な犯行現場の描写や推理の道筋などではなく、魂のさびしさに触れる小説なのだと思う。そして、レコーダーに吹き込まれた潤平の声を分析した馬場の説明する「孤独の歌声」という言葉。「孤独な」ではなく「孤独の」である理由を汲み取ったとき、この小説の持つもうひとつの姿が見えてくるような気がする。



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