彼らには地球の文化も価値観もすでに通用しないのだ。人間によく似た異質な知性体と、まったく異なるルールで勝負をして勝てるわけがない。勝負など最初から成立していなかったのだから。
              
「ヒドラ氷穴」(「ウロボロスの波動」所収) 林譲治 早川書房

 西暦2100年、一機のX線観測衛星が「偶然」発見したブラックホール・カーリー。この発見が、ブラックホールの軌道を改変し、新たなエネルギー源として利用しようとする一大プロジェクトへとつながった。AADD――人工降着円盤開発事業団の設立である。
 AADDは専門技能を持った人々の集団であり、地球人の目から見れば組織とはいいがたい集合体だった。そして、AADDと地球との間にはテロさえ引き起こしかねないほどに深い確執が存在した。しかし、それは人間同士の溝だったのか。すでにAADDはあまりにも異質な存在になってしまっていたのではないのか?
 連作短編集。
 ハードSFミステリ、とでもいおうか。豪華である。最初読んだときには「すごい」と圧倒されてしまった。SFでミステリが書けるか、という問いに明快な答えを与えてくれたのはアシモフだったが、ついにここまで来たのです、日本のSFも(というのか、日本のミステリも、というのか)。しかもこれは未来史でもある。後半、異質な知性体の集合となったAADDの中でも、さらに異質なアグネス・マフィアと呼ばれる天才児たちの集団が現れてくるが、そのあたりは今後の可能性を思わせてくれて非常に楽しみ。しかも、「異質」なAADDをいかにも人間くさく描き出している手腕も見事。
 ただし……SFはあんまり得意じゃないなあ、という人にはオススメしません。SFはSFでも情緒SFが好きなんであって、ハードSFっていわれているようなのは苦手、という人にも残念ながらオススメできません。すごいんですけどね。ま、この中で一番好きな話は「エインガナの声」。とかいってしまうわたしも、実は難しいことはよくわかんないってことがばればれなのかもしれません……



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