「鎧をまとってまで、あなたが守ろうとしていたのは何かしら。傷つく前の、無垢のあなた? でも、そうやって鎧にエネルギーをとられていたら、鎧の内側のあなたは永久に変わらないわ」
                              「裏庭」 梨木香歩 理論社

 丘の麓のバーンズ屋敷には秘密がある。両親がレストランで働いているあいだひとりぼっちの照美は、親友の綾子の家に遊びにいき、おじいちゃんからその秘密を教えてもらった。綾子以上におじいちゃんと親しくなった照美に、おじいちゃんはバーンズ屋敷には「裏庭」があるのだと教えてくれる。普通には絶対に入れない庭。死の世界にとても近いそこは、代々のバーンズが丹精して育ててきたところだという。そして、照美はある日、不思議な鏡を抜けてその裏庭へと足を踏み入れてしまう……。
 照美の冒険は、ただあることを成し遂げる、そういうものではない。照美はこの不思議な「裏庭」の世界で、最初は不可解な、けれど徐々に理解できるようになるあることを学ぶ。そしてそれは照美に自分の存在がどういうものかを残酷にも突きつけることにもなっていくのだ。
 この本は児童書というにはあまりにも重いテーマを持っているように思う。できれば、家族で読んでもらいたい本だ。なぜならこの本は一方で、照美の母親であるさっちゃんの心の傷、父親である徹夫の不器用さまで丁寧に描き出しているのだから。冒頭にはあげなかったが、わたしには忘れられない文章がある。

 子どもの頃、パパの名前は徹夫といった。今だってそうだけど。
 最近は「パパ」だったり、「桐原さん」だったり、「ご主人」だったりして、ほとんど「徹夫」になることはない。

 肩書きのない、本当の自分。
 自分を知ることは他者を受け入れることにもつながってゆく。すがすがしい読後感を残す一冊だ。



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