「何で上手くいかへんのやろな」
 指先で水面の端を無意味に弾きながら呟く。
「ぜんぶ、何で上手くいかへんのやろ」
                     
 「月と蟹」道尾秀介 文藝春秋

 小学校五年生の慎一は二年前、父の失業を機に、祖父の住む海辺の町へと引っ越してきた。だが、不安と期待とともに登校した初日から、クラスメートとはなじめずにいて、そのまま二年が過ぎてしまった。そんな慎一の唯一の友人は、同じ転校生の春也。ふたりは放課後、独自の遊びを考え出してともに時間を過ごし、学校や家での不安をやり過ごそうとするが……――
 引っ越し、父の死、そしていまになって「女」の顔を見せる母への不安。不安と怒りとをうまく表現できない慎一と、家庭内で両親から虐待を受けている春也。ふたりが互いの家のことや悩み、苦しみを口にすることは決してない。だが、口にしないからこそ伝わることもある。秘密の場所で神に祈り始めたとき、そしてその祈りが現実のものとなっていったとき、それでも彼らは、その不思議の奥に潜む暗いものについては口を閉ざし続ける。
 道尾秀介の直木賞受賞作。「光媒の花」のとき、「向日葵の咲かない夏」のような反則技がない分、上手になったなあと思ったが、今回の作品はミステリでさえないところがいいのかもしれない。これまでの道尾作品にも見られた虐げられた子どもたち、見捨てられた子どもたちの想いがストレートに浮かび上がってくる。
 友だちとともにすごす濃密な時間のよろこび、友だちに嫌われてしまうのではないかという不安や恐れ、信じていた友だからこそ傷つけてしまいたくなるほどの怒りを感じる瞬間……主人公たちの幼さゆえに、彼らの行動や言動はおとな以上の深みを持つ。オススメ。



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