枝の先からたどっていけばきちんと幹があり、幹を下っていけば土に行き着き、その下に根が張っている。そうした幹や根が、自分たちの家にはまったくないように思えるのは、父と母が、それぞれの故郷を捨てたからだろうか。
         
        「ツリーハウス」角田光代 文藝春秋

 翡翠飯店。新宿角筈のその中華料理店は、いまは無職のために家でごろごろしている良嗣の祖父母、藤代泰造とヤエが作り上げ、父が引き継いだものだった。だが泰造の死後、たまたま戸籍を覗きこんだ良嗣は、長男だと思っていた父が三男であったり、さらにその下に弟がいたりしたことを知る。どうして誰も、いままでその人たちのことを話題にしなかったのだろう。祖父は、祖母は、父は……これまで、どのようにして生きてきたのだろう。良嗣は祖母を誘い、かつて祖父母が暮らしたち、大連へと旅することにする。
 物語は、祖母をつれて大連へむかった良嗣が、どこへ行きたいとも何が見たいとも言わない祖母を持て余しながら旅の日々を続ける時間と、ヤエと泰造の大連での日々と、引き揚げ後の日本での日々を、ヤエと息子である慎之輔の視点から描いてゆく。
 戦中と戦後を必死に生きた家族の物語。ヤエ、泰造、慎之輔、良嗣。翡翠飯店の家族の暮らしは、良嗣や慎之輔が思うほどには特殊でないとは思うが、彼らはそれぞれに何かから逃げ、どこか乾いていて、どこかはべったりと粘っこい。ただ、その時代に生きた人々のぎりぎりの選択や、虚しさ、諦念、そういったものは非常によく伝わってくると思う。
 良嗣は、ようやく希望を口にしたヤエとともに長春へと足を延ばす。旅の先で、ヤエがみたいと思っているもの、したいと思っていることは何なのだろう。そしてそれが良嗣に与えた影響とは。積み重ねられたエピソードの中に見える真実。重層な物語でありながらも読みやすい。厚さは苦にならないと思う。




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