人生の機微を重ねて、酸いも甘いも全て昇華したときに盛島開鐘を弾きたい。そのとき自分はどんな音色を奏でるだろう。盛島開鐘がそのとき、また自分を選んでくれるように生きてみたい。
             
「トロイメライ」池上永一 角川書店

 幕末の琉球王朝、那覇。浜唄遊びで女を誑かしてばかりいた無職の武太は、涅槃寺の大貫長老によって、新米の筑佐事(岡っぴき)となった。とはいえ、字も読めず、短絡的に物事を考えがちな武太は、事件といってもすぐに間違った結論に飛びつきがち。とはいえ、そんな武太も、さまざまな事件に触れ、周囲の人々に助けられながら成長してゆく。
 ――といっても、池上永一である。これが、ただのほのぼのした時代小説のわけがないのだ。
 犯罪者からも熱烈な支持を集める自由奔放な涅槃寺の大貫長老は、もとはといえば王府の寺社座奉行を務めたほどの高官である。当時のコネを使っては、好き勝手なことをやらかしている。武太の幼なじみたちが働く『をなり宿』には、王室の厨房の役人がこっそり王しか食べられないジーマーミーを盗んできて皆に振る舞ったり、高い身分の家に生まれながらジュリ(遊女)としてこの世を謳歌する魔加那に誰もが振り回されたりと、登場人物たちの多彩さ、強烈さは相変わらず。上と下とのあいだに挟まれて苦り切った喜舎場朝薫や、魔加那に悪影響を受ける真奈美、をなり宿に酒を横流しする多嘉良、そしてもちろん、絶世の美貌を誇る孫寧温と、『テンペスト』の面々も顔をそろえての大盤振る舞い。最後まで正体のわからない怪盗まで現れて、にぎやかなことこの上ない。
 もちろん『テンペスト』を読んでいなくても楽しめるとは思うが、読んでいたほうがもっともっと楽しめるだろう。生命力あふれた時代の若者の成長を、ぜひ。




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