それは、ぼくがこれからの人生を生きていくために必要な、自分なりの真相だった。
                  
 「虎と月」 柳広司  理論社

 「ぼく」は、幼いときから「父は虎になった」といい聞かされて育った。父の名は李徴。生まれ故郷の隴西では有名な秀才だったが、ぼくが四歳の年のある夜、旅先でいきなり駆けだしていき、そのまま行方がわからなくなった。しかもその後、父の親友だったという人がいうには――虎となった父と再会し、妻子のことを頼むといわれたのだという。
 父親がいなくなっただけなら、まだよくありそうな話だ。だが、虎になったとなると、話は違う。しかも、ことあるごとに父に似ているといわれ、このままだと父のような男になってしまうといわれ……もしや自分も虎になってしまうのか? 父はなぜ虎になったのだろう? そんな疑問から、ぼくはある日、父が虎になった理由を探る旅に出た。
 ご存じ中島敦「山月記」をもとにしたミステリー。虎になった父の姿が目撃された地までやってきた主人公を待ち受けていた不可解な人々の行動。そして、「虎になる」ことの意味。かの有名な漢詩に含まれた驚愕の真実には、思わずううむ、と唸ってしまうこと請け合い。
 この本だけでも読んで楽しい話だと思うが、ぜひぜひ、「山月記」を読了してからこの本を読むことをススメたい。そのほうが話がすっきりわかるだろうし、この小説の中でさりげなく用いられている引用などもわかりやすいと思うからだ。
 それにしても、まさか「山月記」がこのような物語になるとは。楽しい驚きだった。「山月記」ファンのわたしでも許せる……というと言葉はヘンかもしれないが、なんでこんなになっちゃって、という怒りを覚えなかったのは、あとがきにあるように、作者自身が「山月記」の愛読者だからというのもあるかもしれない。
 ともかく、オススメ。




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