六歳の子供だって、何でも見ているし、何でも理解できる。
         
  「時のかさなり」 ナンシー・ヒューストン(横川晶子訳) 新潮社

 物語は、四章からなり、すべて六歳の少年少女が主人公となっている。
 2004年、アメリカで甘やかされて育つソル。自分がどれだけ甘やかされているのかをよく知っていて、母親を奴隷のようにこきつかい、子どもの特権を振りかざして、なんでも思うとおりにふるまう少年。両親には内緒でグーグルのサイトを覗き見ることで、世界で起きているあらゆることを知っている。でも、ソルが本当に何でも知っているかといえば、家族のあいだに交わされる言葉の本当の意味は、よくわかっていない部分も多い。
 1982年、ランダル(ソルの父親)。六歳のランダルにとって、その存在自体が他人をピリピリさせるような母親よりも、歌手である祖母のエラや、売れない劇作家のパパのほうが好きだが、そんなことは口が裂けてもいえない。母のセイディはどうやら祖母の過去を探るために世界中を飛び回っているらしい。そして、セイディの研究のためにイスラエルのハイファに引っ越すことになったランダルは、そこで美しいアラビア人の少女と出会う。
 1962年、セイディ(ソルの祖母)。若く美しい母、クリスティーナと別居して祖父母の家で暮らすセイディは、魅力的で自由奔放な母に愛されたくてたまらないが、それをうまく表現することができない。そんなセイディにとって、新しく母の夫となったピーターは優しく温かい存在だが、それはある日の出来事によって、穏やかな暮らしは破たんしてしまう。
 1944年〜1945年、クリスティーナ(ソルの曾祖母)。ナチス統制下のミュンヘンで暮らすクリスティーナは、ある日の姉妹げんかで、自分が本当は養女であることを知る。歌が好きなクリスティーナは、自分にこの声をくれたのは誰なのかとひそかに思い続けるが、そんなある日、戦争で失われた兄の代わりに、新しい兄がやってきて、クリスティーナはさらに衝撃的な事実を知る。
 六歳の子どもの耳には、いろんなことが入ってくる。理解できないままに聞く、両親たちの会話。ナチス、生命の泉、ユダヤ人……繰り返される言葉、重なり合う過去が明かす真の姿。小説の持つ力やおもしろみというものがふんだんに詰まった一冊。
 フランス・フェミナ賞受賞のほか、ゴンクール賞など数々の賞の候補作となった作品。繰り返し読むおもしろさもある。傑作。



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