どうして大人はそんなに自分の子どもの頃をすっかり忘れることができるのでしょう? そして、子どもは時にはずいぶん悲しく不幸になるものだということが、どうしてぜんぜんわからなくなってしまうのでしょう?
      
「飛ぶ教室」 エーリヒ・ケストナー(高橋健二訳)岩波書店

 「ふたりのロッテ」や「エーミールと三人のふたご」など、ご存知の人も多いと思う、ケストナーの自叙伝的小説。
 ドイツの高等中学(ギムナジウム)のクリスマス前。クリスマスのための劇「飛ぶ教室」を演じるために練習を重ねる、それぞれに個性豊かな五人の少年たち。意地悪な最上級生たちや舎監の正義先生、菜園の客車に住む禁煙先生など、彼らを取り巻く面々もまた個性的だ。
 物語は劇の練習ばかりでなく、「有史以前から」いがみ合いが続いている実業学校の生徒たちとの合戦や、正義先生の少年時代の思い出、いちばんちびで臆病なウリーの勇気を示すための行動、親子愛しながらも貧乏なために苦しむマルチンの哀しみ……など、思いもかけない事件にあふれ目が離せない。中でもやはり、正義先生の話がわたしはいちばん好きだ。
 ケストナーは書く。「この機会に私はみなさんに心の底からお願いします。みなさんの子どもの頃をけっして忘れないように!」と。この小説には少年たちと、少年の心を忘れない先生との深いこころの結びつきとがある。最初のうちは、なれないドイツの人名が次々に出てくることに戸惑うかもしれないが、読みすすめていけば次第に物語の中に入り込み、少年たちとともに笑い、泣き、楽しむことができるだろう。
 子どもの頃をけっして忘れなかっただろう作家ケストナーとともに、クリスマス前のあわただしいひとときをともに楽しんでもらいたい。
 ちなみにわたしは個人的にはドイツ語のクロイツカム教授も気にいっている。その理由は……読んでもらえば、きっとわかる。



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