「いやだ!」
      
 「タウ・ゼロ」 ポール・アンダースン(浅倉久志訳)   創元SF文庫

 「止まらなくなった宇宙船の話」である。
 25人ずつの男女を乗せた宇宙船〈レオノーラ・クリスティーネ号〉。32光年彼方のおとめ座ベータ星第三惑星を目指したその船の当初の予定は5年。恋の鞘当から性格上の不一致その他さまざまな人間関係が絡み合うその中で、さらに不測の事態が発生し、船が止まらなくなってしまう……。
 簡単にいってしまえば、「止まらなくなった船をどう止めるか」がこの物語の一方の軸にあり、もうひとつに、魅力的な登場人物たちのさまざまな人間関係というものがある。SFを科学的に読む人(?)には、バサード・エンジンの減速システムが破壊されたっていのにどうやって船を止めていくか、ってのがおもしろいのかもしれないし、わたしのように人間関係のぐちゃぐちゃが好きなタイプには、荒削りで乱暴な護衛官のレイモントが孤軍奮闘する姿を見るのが楽しい。
 科学者が満載された船の中で、しかし現実に生きていくには自分の能力こそが必要だと信じて、だれに頼ることもできず、信頼もされず、むしろ嫌われつつも、自分のすべきことをこなしていくレイモント。レオノーラ・クリスティーネが生きのびていくのは、ひとえにこいつのわがまま(失礼)もあるので、とにかく目が離せない存在だ。
 なにがどうなっても、死ぬことだけはぜったいに「いやだ!」というレイモントの最後の賭け。とりあえず、肩の力を抜いて読んでもらいたい。



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