「いかなる権力にも、また愛そのものにも支配されてはならない。いつも自分の欲するところのものを知っているように。満ち足りていながら、踏みにじられた影のように生きるみじめな人間にならないように。」
            
 「小説探偵GEDO」 桐生祐狩 早川書房

 三神げど。本職は広告屋。ささやながら小さな会社を経営し、近所のスーパーや飲み屋のチラシを作っている。その裏の顔は小説探偵。小説の登場人物が見え、本の中に入っていける能力を持っているげどのところへは、ときに作中で殺された息子は生きているはずだと信じる母親が訪れてきたり、続きが書かれない物語の中で苦しむ登場人物たちが助けを求めに来たりする。ふと気づくと現実の中に紛れ込んでいる小説の登場人物たち。彼らのしたたかさに圧倒されながら、げどは自分にしかできない「探偵」の仕事を続けている。しかし、本当は――自分は何者で、どうしてこんな力を持っているのだろう。小説の世界につながる道筋、川べりの小さな家でげどを常に迎えてくれるテディベアと爺さん、そして夜とスコラ。ぽえっと。彼らはげどの幼き日の夢であり、大学時代の友人たちの影でもある。物語は徐々に現実と小説との境を曖昧にさせてゆく。
 連作短編集のかたちをとった長編。
 一篇ごとにタイトルと作者名、出版社などが記された扉絵も凝っている。げどが中に入っていく小説はミステリー、やおい小説、ハードボイルド、時代小説、SFホラーなどさまざまだ。日本ホラー小説大賞でデビューした作者らしく、全般的に鬼畜ホラーの雰囲気が漂うところはいかんともしがたいのだが、本を読むのが好き、という人間の究極の夢だと思う――物語の中に自由に出入りできる、このげどの能力。しかも、この部分は書かれていないのだからこういう解釈もあり、という強引な突入(脱出)方法も可。もしこんな能力があったら、という想像をするだけでもうっとりしてしまう。登場人物たちも強烈で魅力的だ。かなりオススメ。ただしジュブナイル、やおい、ホラー、などなどが苦手な人はちょっと肌に合わないかもしれない。



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