一九四四年になると、収容者たちはいやおうなく知ることになった。人間は同じ人間を殺し尽くすために、どんなことでもしでかすのだと。誰もが苦しみの限界にきていると思っていたが、人間の苦しみには限りがないのだと、思い知らされることになった。
                 
 「タンギー」ミシェル・デル・カスティーヨ(平岡敦訳) 徳間書店

 ジャーナリストのお母さんとともにスペインで暮らすタンギーは、フランコ独裁政権に追われる母とともに、離婚した父親の住むフランスへと向かうことになった。しかし、そこに待っていたのは、母に対してもタンギーに対しても無関心な父親の姿。それでも得たつかの間の平安は、父親の密告によって壊されてしまう。母とはぐれ、ユダヤ人とともにナチスドイツの強制収容所に送られたタンギーを待っていたのは、さらに過酷な運命だった。わずかな食糧と、耐えきれぬほどの労働。朝から晩まで働いても、一杯のスープとパンしか得られないときもある。だが、そのような生活の中でも希望を失わず、人間らしくいられたのは、タンギーを守り、慰めてくれたギュンターがいたからこそだった。しかし、そんなギュンターとも別れる日が来て……――
 いかなる運命のいたずらからか、子どもなのに政治犯と一緒に強制収容所に押し込められ、戦争後も孤児として入れられた矯正施設で過酷な虐待に耐えるタンギー。彼が望むのは、幼い日々のように、いなかの小さい家で静かに暮らすことだけだったのに、降りかかる運命はあまりにも凄惨だ。
 一九五○年代に発表されると同時に、ジャン・コクトー、フランソワ・モーリヤックらに絶賛され、現代の古典として、いまでもフランスの中高生に読まれているという作品。しかも、この数奇な運命は作者が経験した事実に基づいているのだという。
 愛と平安だけを求めた幼い少年が過酷な運命を経て成人し、ようやく両親とめぐり合えたとき、そこに待っていたのは……残酷な真実。実話がベースになっていたからこそ、人物が生きている。ぜひ読んでもらいたい一冊。




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