耳をかたむけて! この静寂を、けれどはっきりと聞こえる自然の声を聞いて。ならば、これがわたしのとるべき道ということ? これが暗い悲観からぬけだす道、わたしが探し求めていた逃げ口なんだろうか?
                
 「睡蓮の教室」 ルル・ワン(鴻巣友季子訳) 新潮社

 1972年、中国。12歳の水蓮は、母に連れられて再教育施設(労改)に収容される。そこにはかつての中国最高峰の頭脳を誇る人々がおり、蓮はそこで学校とは違う真の教育を受けることになる。特に蓮を刺激したのは、歴史の秦先生だった。秦先生によってさまざまなことを考えはじめた蓮は、睡蓮座と名づけた池のほとりで、カエルやコオロギ相手に自分なりの歴史の授業を繰り広げる。だがもちろん、労改が過ごしやすい場所であるはずもない。貧しい食事、不潔な寝床。そして何より同い年の友人がいないこと。学校を思うとき、思い出すのは親友、金張のことだった。
労改から戻った後も、貧しさゆえに苛められていた張を級友たちに認めさせるために蓮はさらに張り切るのだが、思いは空まわりしてしまう。
第一階層と呼ばれるインテリの両親から生まれた主人公は、悲惨な状況下でもあるがままを受け入れて、ときにユーモアを失わない。そんな彼女にとって第三階層の張と仲良くすることはなんら不思議なことではないのだが、それでも、ときどき幼い主人公が気づかぬままに張を傷つけているようで、読み手がはらはらしてしまうようなシーンも正直に描かれている。境遇の差を乗り越えて培われたはずの友情が迎える残酷な結末には思わず息をのんでしまうに違いない。
訳者があとがきで書いているように、これは蓮の視点で描かれてはいるが、ある種超人的なパワーを持つ張の成長と変貌に注目して読むほうが面白いかもしれない。どちらにせよ、長さが苦にならないほどに引き込まれる作品である。



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